思いもよらぬ雨により修練は中断するほかなかった。いや、なまえには続行の意思があったのだが、たまたま通り掛かった郭嘉がそれをよしとせず回廊に引っ張られたのである。
「私まで濡れてしまったね」などとまるでなまえに全責任があると言いたげな口ぶりだ。引き入れたのは、彼が勝手に起こした行動だというのに。
「気候に恵まれた戦ばかりではないけれど」
そこで区切り目を細める様はなまえに恐怖を抱かせる。この軍に頭の切れる人間は多くいるが、郭嘉ほど嫌らしい表情をして見せる者はいない、そうなまえは思う。
上手く言葉には出来ない感情が渦巻くのだ、この男の双眸に射られると。
「何も、鍛練でそこまで再現する必要はないのではないかな?あなたは女性だし」
私は構わないけれど、と続いた言葉に侮辱かと眉を寄せる。
髪から落ちる雫が鬱陶しい、肌に張り付く布も水も。相変わらず薄気味悪く瞳を細くしている郭嘉からは喜の感情だけは見て取れて、女を好む彼にとってはどんな女も対応も喜びなのかと苦い気持ちが込み上げる。
「悪くないとは言え、体調を崩すのはよくない。取り敢えず体を拭くものだ」
「濡れてるからいい?」
「そういうこと。水の流れる首筋なんて、思わず唇を寄せて舌を這わせてみたくなる」
「…………さっさと拭きます、くだらない」
「それがいい。湯でも用意させておくよ」
「…その女官を襲ったりはしないでくださいよ」
「あははっ、しないよ流石に。まだ日も高いから情緒がない」
その横顔に思わず首に触れる水滴を拭い取る。腕も足も何もかも、とにかくさっさと拭いてしまいたい。
体調不良とは別の寒気ごと、まとめて。
end.
20140612