きみは何に怯えているの

泣くほど怖がっているし、先程から何度も「ごめんなさい」と小さな声が聞こえている。

聞こえませんだなんて意地悪をする気はない、震える子を追い詰める趣味もない。それでも徐々に膨らんでいた疑問は、咄嗟の行動を起こさせるには充分すぎたのだ。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭うこともせず、同じ言葉を繰り返す姿には心が痛んで仕方がないが。


「なあ、俺が怖いか?」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ…!」
「偶然だろうとか、肌が触れたら驚くかとか思おうとしたけどさ、そうじゃないんだよな?」
「ごめんなさい、私、」
「…なあ、何で怖い?」


覗き込んではますます泣かせてしまうのだろうか。そんな不安はあるのだが、覚えのない相手にここまで拒絶をされては理由を知りたくもなる。

誰に尋ねても原因はわからずじまいで、呂蒙には「甘寧と関わりがなくとも、遠巻きにあいつをみて怖がる人間もいるだろう?」と言われてしまった。暗に放っておけと言っているのだろうが、それでは朱然が落ち着かないのだ。


「あの、朱然様は何も!なにも、私は何もされてはおりませんので、」
「…脅してるみたいだな」
「そんなこと!――っ」


交わった視線になまえの体が強張る。その様子を目の当たりにすると、否定の言葉も方便なのかと余計なことを考えてしまいそうだ。

なまえは、朱然と目を合わせようとしない。朱然の知るなまえは目を伏せてばかりだから、真っ正面から瞳を合わせたのはこれがはじめてではないだろうか。朱然の思い違いでなければ、だが。


「ごめっ、」
「謝罪は禁止。命令だ」
「――っ、……」
「理由を話せ。…命令だ」
「――…あ、の」


さ迷ってさ迷って、また伏せる。まあ朱然とて陸遜とは望んで顔を合わせたいとは思わないが、逸らすのも負けたようで気に入らないと思ってもいる。つまり、なまえは朱然を苦手としているのだ。それはそれで(残念な気持ちもあれ)仕方がないのではっきりしてほしい。

嫌ならば関わらないように気を回すくらいは、するつもりなのだから。


「しゅっ、ぜんさまの、瞳は」
「目?俺の?」
「燃え盛る炎のようで――…朱然様のお人柄を疎んでなどはいないのですが、私は、どうにも火が恐ろしく…故に、朱然様がどうしても、朱然様を視線を合わせることが、ご命令であったとしても、どうしても…っ」


なるほど、と。それはどうしようもないな、と。だったら掴んでる手を離してやらないとと思うのに、頭を撫でてやれば落ち着くだろうかとも思ってしまう。きつく閉じられた瞼を撫でてやれば少しは安心してもらえるだろうかと、考えてしまう。

そんなはずはないのに。だってなまえは必死なのだ、こんなにも。


「――…直接顔見るのは失礼だ、って相手もいるし。普段関わらないような相手だと緊張もする」
「……?」
「こう、向かい合わない形で。…背を合わせる、とかさ。そんな形で話してみるとか、駄目か?」


何を必死になっているのだろう。

握り込みすぎて部分的に変色した小さな手と相変わらず持ち上がらぬ瞼を交互に見ながら思うのに、それでも肯定を、期待してしまうのだ。



end.

20140627

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