花筐

ふいに届いた鼻歌に、孫市はつい口をへの字に結ぶ。呑気なものだ、眼前の背中は。共に行動することが今や当たり前で、師弟というよりは同志のような少女。いや、少女なのだろうか。

見目は中間、戦場を駆ける姿からは、幼さなど微塵も感じない。


「おーい、あんま遠くに行くなよー」


危機感は間違いなく薄い。その危機感だとか恐怖心のなさは、孫市と出会う前から一人で渡り歩いていたから身に付いたとでもいうのか。容易く人の懐に入り込むあの不可思議さ、本人に確認を取ったわけではないが、武田信玄や織田信長とも知り合いであるとかないとか。まったく面白くない話だ。


「大丈夫!」
「何が大丈夫だ。一人でふらふらしやがって、人攫いにあっても知らねえぞ」
「それこそ大丈夫、賊には負けないし!」


振り返ったなまえは何が楽しいのか満面の笑みを浮かべている。極めつけに「それに」と続けながら孫市の方へと歩いて来るものだから、ならば最初から並んでおけとつい愚痴を零しそうになってしまった。


「どっからその自身が湧いて来るんだか…で?」
「孫市みたいな色男から、離れるわけないでしょ?」
「はあ?」
「あれ?」
「何があれだ、何が」
「だって」


小突くとなまえは唇を尖らせる。成る程、黙っていれば少女とは言い難い外見ではあるが、普段の言動が幼いのだ。

それが未だにこの子を少女と思わせる要因なのだろう。女性に色男と言われれば嬉しいはず、だのに眉根を寄せてしまうのは手の掛かる少女であるからに違いない。


「女に色男って言われたんだよ?」
「おんなぁ?餓鬼にはまだ、俺の真の魅力はわからねえさ。しっかり意味を知ってから使うんだな」
「そんなこと言ってるとあっという間に艶やかな女性になるんだからね。知らないよ?」
「は、馬鹿らしい。そうなったら惚れるかもなあ?…しかし、どれくらい先になるのやら」
「しっつれいな…」
「拗ねるなよ。ほら、約束くらいはしてやるさ」
「約束?」


孫市が歩き出せばなまえも続く。今度は並んで歩き出す。

艶やかな女性、目指すには派手に暴れ回る戦の姿勢から変えねばなるまい。果たしてそれが出来るのだろうか、なまえに。


「引っこ抜いたのは俺だからな。立派になるまで傍にはいてやるよ」
「人のこと草木みたいにさあ…」
「思いがけず大輪で美しい花かもしれないだろ?目指すんじゃなかったのかよ、第一」
「目指すんじゃなくてなるんです〜」
「そうかい。ま、精々頑張んな」


この旅路は悪くない。
なまえが何時か本当に大輪の花になったとしても、変わらず共に歩いていけたらいいのだが。


end.

20140405
20200805修正

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