秋扇

※クロニクル設定

こつん、と手に固いものが当たり、思わず動きを止める。こうして腰を据えて部屋の掃除をするのは実に何年かぶりのため、今更何に出会っても驚かない。流石によくわからない死骸でも飛び出して来たなら鳥肌も立つが、生き物であればここまで固くはないだろう。いや、そんな詳しいことは知らないのだが。


「――……あ」


掴んだそれを引き寄せると、手にしていたのは可愛らしい飾りが付き、装飾も細やかな正に女性を象徴するような扇で。まず、進んで買おうだなんて考えもしない代物だ。

その通り、なまえに買った覚えはない。ならば何故ここにあるのか。何かしらの経緯があり、この部屋に存在しているのは間違いないのだが。


「最近、ではない……はずだよね。買い物なんて、そんなに行ってないし。少し埃も…」


徳川と豊臣の残党の戦はついに終結し、世は動き出した。長い長い争いの時代。その幕切れに政宗や宗茂は安堵をしながら何処か寂しそうにも見えたが、それはきっと、なまえも同じで。

あの地で命を散らした幸村を少なからず羨む心地があったのは、なまえ自身が時代を駆け抜けた武士だからなのだろう。武士としての生き様、身勝手と謗られる行為を彼は成し遂げた。なまえは二度と味わうことのない武士の道を、彼は貫いたのだ。


「……何だっけ」


幸村だけではない。数多くの命が散っていくのを目にして来た。主のために、誇りのために身を焦がす人々を目に写してきた。この扇は、きっとそんな長い年月を重ねてきている。


「――、」


あれは、何時か。
お礼がしたいと言った彼に続くと、否応なしに、押し付けられたと言うに相応しい形で扇を渡された。「いいよ。持ってるだけでも」だなんて、そんな風に言われてしまっては、押し返すことも出来なかったのだ。


「半兵衛、殿」


呟くと、零れ落ちる涙。
あの時はこんなに泣かなかったはずなのに。ああそうだ、扇は思い出したくないからとしまい込んだのだ。半兵衛によって生かされたのだと、そう告げたなまえに嬉しそうに笑う姿を、思い出したくなくて。


「……やはり、半兵衛殿はすごいのですね。子供のような言い方ですけど――……私には誰かを生かすための思考なんて、出来ないから」


自分自身の手で救えた命はあったのだろうか。彼のように、人を生かすために必死になっていただろうか。「髪飾りは女の子って感じだし、これなら断る理由にはならないよね?」なんて勝ち誇ったように言ってのけた姿も、休憩だと称して縁側でのんびりと過ごした日々も。今の今まで振り返ったことは、ないのに。


「きっと私は半兵衛殿に生かされた。……そう、思います」


何度も彼に救われた命だから。あの時の笑顔を、無意識であれ胸に抱いていたから。だからこうして、最後まで生き残る道を。


end.

20131101
20200805修正

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