十六夜

雨月続編

我は別に隠してはおらぬ。ぽつりと唐突に、何の脈絡もなく男は告げる。訝しげに眉を寄せたなまえに気付いたのか、男は満足気に声を漏らして笑った。

まるで遊び道具のようではないか。くのいちにも男にも、残念だなと零される。残念とは何だ、約束を取り付けたことはないし、相手に自分自身を意識させたこともないというのに。だから、残念だなんて思ってはいない。その姿を一瞬であれ、目にすることが出来ればいいのだ。ただそれだけで奇跡に等しいく、幸せなのだから。


(――……止んだ)


知らず零れた溜息に、そう嬉しくはない心地を味わってしまう。

降り頻っていた雨はすっかり鳴りを潜め、今は月が姿を見せている。ただ充満した匂いと空気が雨の気配を伝えるのみだ。心を焦らせる存在も、今はない。


「疲れた、もう……何だったのかしら、あの二人は。どうしてあんな風に何でも見透かして――」


無意識に音にしてしまった言葉に、つい口を押さえる。誰に聞かれもしない。しかしくのいちは、男は。どこかに潜んでいるのではと動かした視線の先に、姿はない。

確かに、待ってはいた。例えば彼ではなくとも、ただの見間違いでもいいのだ。あの人ではないかと思えただけで、充分。そんなことを考えながら毎夜過ごしていると知ったら、父は歎くのだろうか。母は呆れるのだろうか。そう、何度思ったことか。


「……聞いたら、名前くらいは」


くのいちと男は、なまえの望むものを知っているようだった。知っているくせに、手掛かりさえ与えてはくれないのだ。ならば名前を尋ねたところで、容易く口を割ったのだろうか。

けれどもし、幻とも思える人の名だけでも知れたなら。月にその名を告げながら、祈ることくらいは出来たのかもしれない。


「――…でも、直接聞いてみたい。あの方の、声で」


月は物言わぬからこそ美しいのかもしれないが。

それでも、あの日一瞬掠めた影を呼び止めたら、どうなっていたのだろうかと。


end.

20130916
20200807修正

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