風光る

※男主

ぎゅう、と着物を絞ると勢いよく水が流れる。まるで小さな滝だなあと考えていると、視界の端で小少将が詰まらなそうに瞳を伏せているものだから、なまえはいよいよ困惑を覚えた。

彼女はこの頃、よく不機嫌そうにしている。その理由をなまえが近寄ってくるからだと口にするが、小少将だって同じようになまえに声を掛けてくる気がするのだ。まあなまえが反応を示す度、どこか居心地が悪そうな表情を浮かべもするのだけれど。


「言ってるじゃない、ずっと」
「え?」
「……慰めてるつもり?」
「いや、別に…」


今回は、小少将から声を掛けてきた。折角だから食事をしようと誘ったのはなまえだが、了承したのは小少将。それから店を探しがてら散策をしていたところで、見事に水を被ったのだ。どうにも開店前に水を撒いていたらしい。何度も何度も頭を下げる店主に、却ってなまえが申し訳なくなったくらいだ。


「……えっと、小少将殿に被害がなく、安心しました」
「何?それ。機嫌でも取ろうとしてる?」
「そういうわけでは、ないですけど…」
「ふうん…」


出会った頃の小少将はもっと明るかったというか、挑発するような雰囲気に溢れていたというか。

この頃は不機嫌そうな様子が増えたと同時に、気取った様子もなくなってきた。そうする必要がないと感じている、親しくなった証だろうとなまえは勝手に判断しているが、果たして小少将はどう思っているのだろう。


「食事もしそびれちゃったし」
「上半身が裸の男と並ぶのも向かい合うのもよくはないかと、思ったので」
「それはあたしが決めることなんだけど」
「……そうですね」
「……どうして関わっちゃうのかしら」


その声色は、まるでなまえだけではなく小少将が自分自身にも苛立っているようで。吐き出された言葉は独り言に聞こえたものだから、拾い上げたことを申し訳なく感じてまう。


「食事。小少将殿に暇があるようなら、日を改めて」
「――ついて来て」
「はいっ?」
「お腹、空いたでしょう?食べに行くって気分でもないし、あたしが作ってあげる」
「はあ、……へ?」
「あなたが悪いのよ。あたしと居たっていいことなんてないのに、あたしが原因だって少しも思わないから。だから、気持ちよくなるんじゃない」
「……。それは、ありがとうございます」


なまえの言葉に視線を逸らした小少将の表情は常からの不機嫌ではなく、やはり気取った風でもない、恥じらいを感じるものだ。

手慣れた印象を受ける小少将が、何でもない一言に。謝辞自体はなまえも好ましく思うのだがどうにも新鮮で、その新しい発見に口許が緩みそうになる。


「笑うんだ」
「あ、いや。小少将殿と過ごして不幸になるなんて、そんなことあるはずないなあと思って…」
「なあに、それ。本当にあなたって嫌な人」


眩しくて、それでも心地好くて。

だからもっと、手を伸ばしたくなるのだろう。


end.

20150120
20200805修正

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