花氷

※女×女注意

「こちらに、なまえ」


この声は確かに冷ややかなのだが、奥底には真逆の熱を秘めているように聞こえてしまう。逆らわないのも、人形のように整った美しい微笑みが恐ろしく見えてしまうのが半分、それから引き寄せられてしまうのが半分、だ。

呼び声に応えると、御前は作り物のような美顔を更に美しく輝かせるため、ひやりとする。それが私によるものだと思うとまた更に、ひやりとする。「そうして頬を染めてしまうところが一層愛らしいのですよ」というのは御前のお言葉で、耳にすると胸がざわめく。御前が誰よりも愛おしく思う殿に敵わないという事実を、どこかで悔しいと感じてしまう。

なんて愚かしい。なんて醜くて、身の程を弁えぬ感情だろう。


「どうしたのです?なまえ」
「いえ、」
「目を伏せて、いじらしいなまえ。けれど私は、あなたの顔を見たいのですよ?」


御前の白い指が頬を撫でる。きっとその唇は艶やかな紅色で、妖しく弧を描いているに違いない。

その唇から紡がれる甘い囁きに誘われてしまえば私は、すっかり御前に捕らえられてしまうのだ。けれども抗う術もない。御前の私を呼ぶ声色、肌に触れる指の動き。すべてが私をおかしくさせ、情欲に似た想いが燻りだす。


「御前に浅ましい私の心をお見せするなど……」
「浅ましい?まあ……ふふっ、浅ましいだなんて、なまえ」
「――っ」


御前の白い指が、私の顎を押し上げる。

交わってしまう視線、どくりと激しい音を立てる心臓が、御前への慕情を躊躇いなく伝えている。酔ったような思考の鈍り、苦しくなる呼吸。恋しいのだと、全身が訴えて止まらない。


「真っ赤になって、可愛いなまえ。だから私は、なまえを手放すことが出来ないのですよ?」
「――……そんなの、かまいません、御前」


御前にならば、たとえ閉じ込められたって。

もう既に、身体の芯まで御前に囚われているのだから。


end.

20150121
20200805修正

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