付き合って二年。することされること全てが初めてだった私達。 そのはずなのにいつも緊張で心臓が飛び出すくらいドキドキして、なんなら顔も文字通り真っ赤にしてしまうのは私だけ。翔くんは普段と変わらない顔色でいつもと同じ調子。時々、とても優しい眼差しを向けられたり壊れ物を扱うような手つきで触れられたりはするけれど、基本、翔くんはいつも冷静で落ち着いていた。 それがどうしようもなく悔しくて、いつか戸惑わせてやろうと考えて居たのだが、意外と早くその日は来た。 京都の夏は暑い。 じりじりと照り返す石畳ばかりの盆地は熱が篭りやすい。 三回目のインターハイが終わり、ますます蝉の鳴き声も暑さも厳しくなる八月下旬。受験勉強を控えた私を残し、両親と姉と弟は三泊四日の沖縄旅行へなんの躊躇いもなく出掛けて行った。少しの心配も気遣いもなく意気揚々と出発して行った家族に対して溜め息しか出ない。一つ下の弟に至っては「ゴムならオレの机の上から三番目に入ってっから必要になったら使って良いからな!」などとニヤけた顔で耳打ちしてきたので、取り敢えず遠慮なく拳骨で殴っておいた。 そんなことから自宅に丸三日間一人きりになり、それも暇なので何の他意もなく、いつもの調子で泊まりに来ないかと御堂筋翔を招き入れた二日目の事だ。あの馬鹿が言っていた「必要になったら」がまさか本当に訪れるとは。 切っ掛けなど分からない。いや、そもそも切っ掛けなどと言うものはなかった。"合った"のはタイミング。雰囲気、とでも言おうか。 キスは何度もしたことはあった。それこそ舌を互いに絡ませ合い、口内を蹂躙し合う生々しい大人な口づけも。けれど、その先は何故か無かった。 他人事の様に聞こえるが、本当に何故か無かった。だから何となくいつもと違う空気に、あぁ…もしかしてと少し覚悟はしていた。 「上の空とはえらい余裕こいとるのォ」 空調が程よく利いた部屋の中、ガラス越しですらジージーと煩いアブラゼミと合いの手を入れるかの様に鳴くミンミンゼミの大合唱を聞きながら、南中時刻を少し過ぎた、まだ高い位置から照らし続けるお天道さんを彼の背中越しに見詰め、背徳感。 そんな事をぼんやり考えていれば、カプリと下唇を強めに噛まれ、すかさず痛いと抗議する。 「集中しぃや阿呆」 「阿呆って…!翔くんの方こそ余裕ぶっとるやない、の……あっ…」 抗議の言葉を口に仕掛けた途中で気付いてしまう。そんな事はなかった、と。 あれだけ執拗に求めねっとりと舌を絡め、長い舌で咥内を蹂躙していた彼の顔も私と同じくらい真っ赤で、いつも自信に満ちた迷いなど一切ない冷めた瞳の奥には戸惑いと羞恥、そして熱っぽさがほんの少しずつ見え隠れしていた。 「なんやの。そんな黙っりこくったまま人の顔ガン見して、キモいわ」 言葉とは裏腹に声色は酷く甘く、肩で息をする程求めてくれていたのかと思うと既に熱い顔が更に熱を持った。 「何勝手に一人で顔赤くしてん。ほんまキモいわぁ」 「うん、ごめん」 「謝んなや」 「うんごめ、あっ…うん」 沈黙する空気すら、熱い。熱に浮されているみたいに頭がクラクラとし、逸る鼓動がやけに煩く、吸い込む空気が甘く感じるほどにこの静寂が愛おしく感じた。 「なぁ、このまま千秋チャンの事もっと食べてイイ?」 スルリと伸びた左手は太股を優しく撫で上げ、右手で腕を引き、そっと覆いかぶさる。大きくて長い指先はサラサラとしており、肌の上を滑るように撫でてゆく。 拒否権などないのにこうして形だけの逃げ道を用意する彼の残酷な優しさが、何故かとても好きだった。 痛いの痛いの、飛んでいかないで 何でも器用にこなす翔くんは、お互い初めてなはずなのにとてもスムーズに事が運んだ。けれど矢張り予想はしていたが、痛みだけはどうにもならないようだった。 そもそも、お互い初めて同士で初めての一発目ですんなり挿入する所までこぎつけているだけでも凄い事なのだから、そんな事はこの際気にする程の事ではないのかもしれない。結局、遅かれ早かれこの痛みとはご対面せざるを得ないのだから、それなら今日、この瞬間に受け入れずしていつ受け入れる。 それに、確かに痛い。痛いのだが、聞きかじって覚悟をしていた想像上の痛みよりは痛くはないので矢張り、翔くんは器用で優しいのだなとそっと笑った。 「何わろてんの?」 そっと、気付かれないよう心の中だけで笑ったつもりがどうも顔にも出ていたらしい。大きな瞳を横に細め、ジイッと上から睨まれる。 「翔くんは優しいなぁ思て」 「ハァ?」 そう告げれば更に怪訝そうに目を細められ、眉間に皺が深く刻みこまれる。 「今めっちゃ痛いねん。痛いんやけど翔くんのせいやって思うと何か嬉しいし、気持ちえぇ」 「ドエムやな」 阿呆らし、とでも言いたげな溜め息を吐かれベロリと頬を長い舌で舐められる。 「うん…かて翔くんドエスでしょ?やから丁度えぇやない。私がドエムで」 「ハッ、意外と言いよるのォ」 グッと身を寄せ、上半身と上半身がぴったりと触れ合う。急に動かれ、ぐちゅりと粘液が混ざる音と敏感になった性感帯を意図してかせずかは分からないが、擦られ、ひっ、と声が漏れる。 「でも……そう言う所、好きやよ、千秋チャン」 ゆっくりねっとり耳元でそう囁かれたと思えば、残りの三分の二をわざとぐいぐいと少し強引に捩込まれ、あまりの痛みにヒュゥッと息を飲む。すると「力抜きィ」とわざとらしく歪ませた口が言った。 (ほんまにわざと、やろ…) (千秋チャンが痛いの好きィゆうから) (そこまで言うてへん…!) (あーもー煩いで。すぅぐ気持ちくしたるさかい、少し黙りぃ) ---------- 2015,01,03 |