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ハングリーであれ。愚か者であれ。



ピピピッピピピッピピ……――――――
何度目のスヌーズか分からない携帯の目覚まし音が室内に鳴り響く。


「いたっ…!」


ガスッ、ゴンッと鈍い音と共にベッドから床に蹴り落とされうめき声を上げる。


「!すまない。だがそんな事より早く起きろ。完全に一限に遅刻だ」


スヌーズを止め、まだ覚醒しきっていない目で時刻を確認した瞬間、完璧に寝坊した事に気付き相当慌てて飛び起きたのだろう。何せ、同じベッドで寝ていた私を思い切りベッドの上から蹴り落としたのだから。


「……、…は?……え!?ヤバい!うわ本当だ完全に遅刻!」
「そうだ。だから早く準備をしろ」


そう言って金城はタオルを引っ掴みバスルームへと大股で向かう。次いでザァと言う軽快なシャワーの音が聞こえてきた所でようやく完璧に頭が覚醒した。無防備に床に倒れていた体を反射的に起こしそのまま足早に洗面所へ直行する。歯ブラシを手に取りチューブから歯磨き粉を捻り出し、そのまま歯ブラシを口に突っ込めばタイミング良く金城がシャワーを終え、風呂場から出て来る。


「そのまま開けといて」


歯ブラシを口に含んだままそう伝え、体を拭いている金城の横でなんのためらいもなくポイポイっとTシャツを脱ぎパンツを脱ぎ捨て風呂場に。
つい十数秒前までお湯を吐き出していたシャワーヘッドは、直ぐに熱い湯を提供してくれた。


「バスタオルとタオル、ここに置いておくぞ」
「ふぁんきゅー」


右手で歯ブラシを動かし、左手で髪をわしゃわしゃと洗いながら礼を告げる。
口を満たしていた歯磨き粉の泡をペッと排水溝に向かって吐き出し、シャワーから直接口にお湯を含み2、3度グチュグチャペッとすすぎ、シャンプーの泡も同時流していく。3プッシュ、コンディショナーを手にとり素早く毛先に揉み込みさっとシャワーで流せば終了。
タオルで体と髪の水気を吸い取り、バスタオルを体に巻き付け急いで服を着に部屋へ戻る。


「あと何分で出れる?」
「んー…服着て荷物詰めて眉毛だけ描いて五分!」
「授業の荷物はオレが用意するから三分でどうだ」
「オーケー」


言うが早いかクローゼットからブラ、パンツ、Tシャツ、ズボンを適当かつ瞬時に着ていく服装の組み合わせを導き出しものの一分もかからず着替えを完了させる。こう言う、迷わず瞬時に完璧な本日のコーディネートを決められる所をいつも密かながら金城は凄いなと感心しているのだった。


「ヨッシャッ2分45秒!もう行けるよ!」
「頭は乾かさなくて良いのか?」
「夏だし別に良いかなと」


生乾きもいいところな濡れそぼった毛先が既にTシャツの肩を濡らしており、見兼ねた金城からタオルは首にかけておけと渡される。
ドアを開ければむわっと初夏の熱気が体を包む。ロードを抱えてアパートの階段を素早く慎重に駆け降りればすぐにライドオン。


「今日は全力で俺が引くから振り落とされるなよ」
「了解!洋南大自転車競技部ダブルエースの片割れに全力アシストしてもらえるとか役得〜」


お互いメットを顎下でパチンと止め、金城はサングラスをかける。軽く拳をぶつけ合えばいざ出発進行。
一漕ぎしただけでぐんっと加速し、湿っぽい熱気が直ぐに心地好い柔らかな風に変わっていく。



ハングリーであれ。愚か者であれ。



「ねぇ金城、あれって…」


海岸線沿いのカーブを二回曲がれば先行するチェレステカラーの車体が目に飛び込んできた。


「あぁ、アイツだな」


それが合図だったようで、金城はギアをツークリックして加速。千秋も遅れることなく反応し付いていく。
爆走よろしく一人で颯爽と走っていたビアンキも、流石に車ではない後続に気付き後ろをちらりと振り返った。そして二度見。


「げ、お前らも遅刻かよ!」


代返頼もうかと思ったのに当てが外れたぜ!とぼやく荒北。けれど口ではそう言いながらも寝坊したからサボる、と言う事をせず起きた直後に必要最低限の荷物だけを引っつかんで代返依頼の連絡よりも先にチャリに跨がり全力スプリントしているあたり、矢張り真面目だなと思うのだった。


「荒北も乗ってく?」
「今朝は俺が全力で大学までアシストだ」
「へぇ!面白いジャナァイ。んじゃまぁお言葉に甘えさせて貰おうかナァ」


そう言って荒北は金城の後ろ、千秋の前に入れば再び空気が変わり三人は更に加速していく。
ビュンビュンと後ろに流れて行くけたたましい蝉の声と海岸沿いの上も下も青い景色を尻目に、どこまででも続いていきそうな平坦で真っ直ぐな道を三人はひたすらペダルを回す。


「金城ォ!」


一言、そう荒北が声を発すれば金城はペダルを回す足を緩め、代わりに荒北が先頭へと踊り出る。正に阿吽の呼吸。
そんな二人の背中を見ながら、同じチームでコイツらと一緒に走る事の出来る残り4人に少し嫉妬するのだった。



□ □ □




「荒北!」


平坦な海岸沿いの道から逸れ右折した所で、一拍、深く息を吸い込んでから千秋はギアを三度クリックしダンシングしながら荒北の前に出る。


「こっからはクライマーに任せなさいっ」


平坦でのスピードを落とすことなくそのままの、いや更に加速して坂を一気に登っていく。なだらかなカーブを描きながら斜度を上げてゆく坂道は既に山。平坦な海と急勾配の山が同時に存在するここは、何となく箱根に似ているなと感慨深くなる。
そして二度目のカーブを曲がりきった先にはようやくキャンパスの一角と見覚えのある背中がチラチラと見え隠れした。


「凄まじいプレッシャー感じる思うたら、なんじゃお前らか」


直ぐに追いつき並走すれば、矢張り待宮だった。


「そっちこそ、とろっとろ坂登ってる奴が居るかと思えばやっぱおめぇじゃねぇか」
「エエ煩いのォ。しょうがなかろ、わしゃぁスプリンターじゃけェ坂は苦手なんで」


不得手な坂に加え、夏の暑さとおそらく例に漏れず寝坊して起きぬけで走っている事も合間ってか、至極しんどそうに待宮は汗を拭う。


「ほんっとスプリンターって奴はどいつもこいつも山で使い物にならねぇのばっかだな!」
「それをゆぅたらクライマーも同じじゃろが。平坦じゃァドとろいからのォ」
「よーし、待宮。お前はここで千切る」
「あ、ちょ、スマンて千秋チャン!ワシも乗っけてってェッ……!」


もう一段ギアを上げ、千切りにかかろうとする千秋に待宮はすかさず謝りそして懇願する。


「しっかし、なぁんで学校っちゅうとこは丘とか山とかの上に建てたがるんかのぉ……」


滴り落ちる汗を風で飛ばしながら一限に出席すると言うゴールを目指して今日も今日とて四人は走るのだった。



(校門が見えたぞ)
(代われ、最後はオレが引いてやんヨォ!)
(げ…あと10分で一限終わっちゃう)
(チッ、ラストスパートかけんぞ!オメェら振り落とされんなよ!!特に待宮ァ!)
(わぁっとるわい!じゃけぇ、こうして苦手な坂は最後尾で足溜めとったんじゃ!スプリンター舐めんなや!)
(いやそれ威張るとこじゃないし、結局一番後ろだし)


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2014,12,23