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かわいい独り占め



毎月の恒例行事となったこの光景に新入部員たちも慣れてきたであろう七月の頭。それはインターハイまで残り一ヶ月を切ったと言う事で、つまり私ももうあまりここに来なくなると言う事か…などと柄にも無く感傷的になる。
思えばチャリ部とここまで関わりを深く持ち、マネージャー紛いの事までする羽目になったのは幼なじみで腐れ縁の新開のせいだった。いくら自転車競技部の強豪校で部費もそれなりに多く予算を組んで貰っているとは言え、所謂消耗品の支出はなるべく押さえたい。当時の先輩達がそう部会で話していたのを聞き「オレ、良いジム知ってますよ?」と新開が無責任にも勝手に私の実家を推薦したのがそもそものきっかけだった。勿論、私には事後報告。
いや、頼ってくれるのは良い。実家の売上になるし、トレーニングルームも使わせて貰える約束も取り付けた。ただ一年後、実家のスポーツジムから届くプロテインやパワーバー、スポーツドリンクなどの補給食やトレーニング機材などを月頭に校門から部室まで運ぶ事以外の事を、またもや新開からの一方的かつ半強制的に頼まれるとは思っていなかったのだから日に日に口が悪くなっていっても仕方がない。
こちとら確かに帰宅部だが何も部活に入るのが面倒臭いから帰宅部な訳ではない。箱学には空手部が無く、且つ、実家がスポーツジム兼空手道場。そして私は一応、空手の全国大会中等部覇者であるからに、部活のマネージャーなどやってる暇はないのだ。それは新開も福富も十分過ぎるくらい分かっているはずなのに、気軽にけれど真剣に頼んでくるのだからどうしても断りきれない。つくづくお人よしな自分に笑う。
勝負事に真剣で真っ直ぐな目をされると、どうも手を貸さずには居られない。また、空手や柔剣道などの武道は団体戦はあれど、基本個人プレイ。練習は互いに切磋琢磨し合うが、一度試合が始まれば己の力のみで勝ちをもぎ取らなければならない。隣で支えてくれる友も、一緒に敵を倒してくれる仲間もいない。だからこそ、少し憧れもあったのかもしれない。
だから快く、新開から言わせれば渋々、承知したのだ。泉田塔一郎の肉体改造の手伝いを―――――



□ □ □




「毎回悪いな千秋」
「あのねぇ、悪いと思ってんならパワーバー食ってないで荷物を運べ!荷物を!」


夏の暑さに浮されたらしく、頭の片隅でぼんやりと思い出に浸っていれば相も変わらず届いたばかりの段箱をそそくさと開け、パワーバーを貪る新開が目に止まり一喝。


「口が悪いぞ千秋。そんなんじゃあ靖友になってしまうぞ」
「アァ!?オレが何だって新開!!」


そう遠くから吠える荒北は、意外とああ見えて真面目なので後輩に任せっきりにせず率先して重い段箱の運搬をしてくれている。


「まぁまぁ、筋トレだと思って」
「隼人はこれ以上私に筋肉付けさせて何がしたい。何をさせたい」
「塔一郎とどっちが大きいかを比べる?」


悪びれもせず、パワーバーと一緒にデリカシーも食べてしまったんじゃないだろうかと言う発言に加え、いつもの調子でバチンとウインクを決めながら、何をとは言わないが明らかに両手が『胸の大きを』と示している新開の脛にローキックを一発。
大事な大会前にエーススプリンターが怪我でもしたらどうするのだ!と脛を抱えてうずくまる新開を見て東堂が茶化す。有段者が本気の蹴りなど入れない事を分かっていてのいつもの茶番である。


「私がトレーニングメニュー考えて栄養管理もして育てた筋肉なんだらか、泉田くんの胸筋の方がデカいに決まってるでしょ!」
「いや、キレるとこそこかよ!!」


箱学自転車競技部三年、唯一の良心、常識人の荒北が間髪を容れず的確なツッコミを入れる。そんな光景に、やはり真夏の日差しのせいだろうか。このバカ騒ぎもあと二ヶ月余りかと思うと少し寂しさを覚えるのだった。



かわいい独り占め



なんだかんだ、ぎゃあぎゃあと口ばかり動かしているのかと思えば、存外きちんと手も同じだけかそれ以上テキパキと動かしていたらしく、あっという間に荷物は部室やトレーニングルームに納められる。そして、その後に控える部活までは10分ばかし時間に余裕があるらしく、皆、雑談混じりに部活の準備をしていた。
福富や新開、荒北、東堂といったいつもの面子に挨拶をしてそろそろ帰ろうとした時、泉田に呼び止められる。曰く、今日の練習は最初にいつものコースを5本走った後は各自、自主練であるとの事で最後の調整も兼ねてトレーニングを手伝って欲しいとの事らしい。
特に帰ってから予定がある訳でもないので二つ返事で了承し、走り込みが終わるまで木陰で見学する事にした。



□ □ □




少しだけ、のつもりが結局最後までトレーニングに付き合う羽目になり、流石に夏とは言え外は大分暗く、星がチカチカと瞬き初めていた。
先に更衣室を貸してもらい制服にぱぱっと着替え、終わったよーと泉田を中に招き入れる。真ん中におかれたベンチに腰掛けながら泉田が着替え終わるのを待っていればポツリ、と遠慮がちに話し掛けられる。


「沖野先輩は、インターハイが終わったら…もう部活に来ないんでしょうか……?」
「ん?んーそうだね。泉田くんの調整も終わった事だしもう来る理由なからね。そもそも私はチャリ部の部員やマネージャーでもないし、さ」
「あ…っ……そ、そうですよね…!すみません変な事聞いちゃって…」
「まぁ、本格的に受験勉強始まる前までは月一で届く荷物運びの手伝いには来るけど」


珍しく長く続く沈黙。
再び遠慮がち泉田は口を開くが、どうにももごもごと歯切れが悪い。


「あ、あの…沖野先輩は……」


『新開さんと付き合ってるんですか?』
喉までそう出かかった言葉を、そんな事聞くまでもないかと泉田は首を横に振り飲み込む。


「いえ、やっぱり何でもないです」
「何でもない事ないでしょ」
「な、何でもないですって…!」
「ほら、言いなさいって。言え!泉田塔一郎!」
「いや本当に何でもないですから…っア!!」


力ずくで聞きだそうとした拍子に泉田がよろけてベンチに躓きバランスを崩す。


「ブない…!!」


このままベンチの側に倒れれば最悪怪我をする。「こんな事でインハイレギュラーに怪我でもさせたら寿一に…いや、荒北に殺される…!」と最悪のシナリオが脳裏を過ぎり、咄嗟に自分が下敷きになるよう泉田の体をこちら側に引く。
ただの床なら二人分の衝撃など受け身を取ればなんて事はない。まぁ多少痛いだろうけど。


「ッ……」


見事己の思惑通り部室の床に背中が着地。少しウッと息を飲んだが自分の上には綺麗に泉田が覆いかぶさっている。よしよし、大して大きくも柔らかくもない胸で申し訳ないが一応床よりは痛くないはずだ。たぶん……


「す、すみません…!すぐどきますから…っ」


新開ならば『ヒュウ、役得』などと言うようなかなり美味しい状況なのだが、泉田はみるみる顔を赤く染め上げあたふたしながら体をどかし立ち上がろうとする。


「泉田くんさぁ?こんだけ毎日トレーニング手伝ってて栄養管理もして、時々休日も二人っきりじゃないにしても一緒に過ごしてさ、何もありませんでしたって流石にストイック過ぎじゃない?」


離れかけた体をグイとネクタイを掴み引き寄せる。泉田の長い睫毛が顔に触れるのではないかと言う距離に、当の泉田は頭がこの状況についてこれていないのか目を見開いて固まっている。


「もう少し自分に自信を持って欲張ってみたら?」


息がかかるくらい近い耳元で挑発すれば、顔をこれ以上なく赤くしてバッと身を離し立ち上がる。


「そ、それって、あの…つ、つまり…」


パクパクと口を閉口させながら、けれど徐々に何を言うべきか。何を言いたいのか。何を自分は望んでいるのかぼんやりと、しかし明確に決まったらしく一度グッと息を飲んでから強い眼差しで見詰められる。


「あ、あのっ…!インターハイが終わっても…そ、卒業したあとも一緒にトレーニングに付き合って貰っても良いですか…!?」


真っ直ぐな瞳。けれども恥ずかしくてか緊張してかその両方か、泣きそうな顔で申し出られる。
一見遠回しのようだけれど実は物凄くストレートな要求だ。あなたの時間をボクにくださいと言っている事に気付いているのだろうか。


「千秋」
「えっ……?」
「沖野じゃなくて千秋」
「千秋せん…ぱ…い………千秋さ、ん」
「よし」


よく出来ましたと頭をひと撫で。
そして「それじゃあ帰ろうか、塔一郎くん」と左手を差し出せば一瞬戸惑ったのち、ギュッと握り返された。



(どうも千秋がオレの頼みだけでここまで熱心にやってくれるのはおかしいと思ってたんだが、成る程そう言う事か)
(ッたく間怠っこしい奴らだゼ!あんだけ毎日一緒にいるとこ見せられといてまだ付き合ってなかったとか意味分かんネ)
(乙女心が分からん奴だな荒北は)
(この場合乙女、なのは泉田先輩の方ですけどね〜)
(分かってたまるか!ンなもん!)
(ム……まだ付き合ってなかったのかあの二人)


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2014,12,01
企画:恋愛標本
タイトル:さよならの惑星