迂闊だった。迂闊過ぎて何も言えない。 依頼された仕事はいつもと何ら変わりは無く、多少なりの怪我と出血を伴いほろ酔い気分で路地裏を帰宅。 全く、ホステスとかそういうのは向いていない。何も知らず集められたVIPな貸し切り招待客。嬉々として男達に群がる饒舌な女。始末の算段を肴に煽る酒は中々旨いが如何せん高級な酒は酔いが回るのが早い。加えて明らかに作為的に密室に、それも出入口を一つに絞った店。こりゃ最初から消したい輩の為だけに作られた高級キャバクラだな。鬱陶しい煙草の煙りを手で払いのけ、腕時計を見てカウントダウン。客も女も従業員も皆殺しって、まぁなんとも効率の悪い話だ。別に同情なんてものはしないが、態々殺し後の始末じゃなくて殺しの始末を依頼してくるあたり、矢張りアイツ経由の依頼は食えない。まぁそっち方面の能力も買って頂いているのは有難迷惑な話だけど。 定時キッチリに仕事を終わらせ地上に上がれば、まぁ如何にもな黒スーツの男性達が待ち構えていた。その中の一番悪そうな(と言うか実際悪いんだが)人物から報酬を受け取り、冒頭三行目へ戻る訳だ。 どこか釈然としない儘、けれど酒の力も合間ってあまり深く考えずに新宿を歩いていたのが悪かった。気配を感じた時には後ろ脇腹をナイフで刺され、次に意識が戻った時には高い天井を見上げていた。まあここまでは想定の範囲内としよう。 それじゃあ一体何が、冒頭一、ニ行なのかって? 「やァ、おはよう侑子」 反射的に上体を起こせば左脇腹に鈍痛が走り、ウッと息を飲む。 「折、原…臨也……」 嗚呼そうだ。やっぱりそうだ。あんな事をするのはコイツしか居ないじゃないか。げんなりした侑子とは対照的に、臨也はいつになく上機嫌。 「俺のベッドの寝心地はどうだった?」 楽しげに上がる口角を見て、はたと現状を思い出す。良く見れば、成る程ここはこの男の寝室で、そこのキングサイズのベッドの真ん中に私は寝ている。私自身はと言えば、臨也に刺された脇腹を含め、仕事で負った目立つ傷には丁寧に包帯が巻かれていた。 そして、とういう事は、あぁ畜生、裸じゃないか。 「別に何もしてないよ」 読心術でも出来るのかコイツは。 渋く眉間に皺を寄せる。 「大分色んな傷を負ってたみたいだからね、手当をしてあげただけだよ」 「アンタに刺された傷が一番深いけどね」 そう言えば、アハハと笑ってごまかされた。 「それにしても侑子、昨日の事、本当に何も覚えてないの…?」 じっとりと切れ長な赤い瞳が微かに真剣さを帯びる。 「……私、何かしたの…?」 「したって言うか、"言った"」 途切れた記憶を必死に思い出す。 私、何か言った…?何を? グルグルと思考を巡らせるが中々思い出せない。顎に手を当てウンウンと唸る侑子を見て、クスリと臨也は苦笑。寝起きでボンヤリとした頭も会話を続ける内に徐々にハッキリとしていく。それと同時に薄ぼんやりとだが昨夜の抜け落ちた記憶が呼び起こされていく。 「まぁ俺は?酒の力に任せて惚れた女をどうこうする様な奴じゃないけど、…?」 刺し傷の熱に魘されて、何かとんでもない事を口走った気がする。 じゃあ一体何を…、? 「流石にあそこまで言われて一晩ベッドを貸すだけって、どうなのかなァ?」 それが決定打だった。サッと血の気が失せて行くのが分かる。 「―――え…あ、れ…いやいやいや!!」 恐らく、百面相をしているであろう私の顔を臨也はしたり顔で見ているからムカつく。 そして冒頭に戻るのだ。 「嘘、だとは言わせないよ?あの状況で嘘なんか言える訳無いし」 迂闊。 恥ずかしいやら悔しいやらでいっそ、穴を掘ってでも良いから入りたい。 恋愛複雑怪奇 「ね、侑子、もう一度言ってよ」 近付く顔。 耳元でそっと、 「今度はちゃんとお酒じゃなくて自分の力で、さ」 甘い毒が内耳の奥を犯す。 「あーもー言えば良いんだろ言えば!」 自棄糞に叫んだ。 「臨也が嫌いだーッ!」 「ハハッ素直じゃないんだから」 自分でも想像以上に真っ赤だと言う事は分かってる。照れるなんて可愛らしい行為を、まさかコイツの為にするなんて…… (いつから気になってたかなんて) (そんなの自分でも分からない) (ただ、間違いなく大嫌い"だった"のは本当) ---------- 2010,06,04 大嫌いだったものを何故か好きになった時の感情が、一番手に負えない |