殺してやる。 己がこの池袋で一番強い。そう思い上がっていたまだまだ若いあの頃、初めてそれを、その若いが故に分不相応に高いプライドを事も無げに打ち砕いた相手に言い放ったのは私の方で。殴り飛ばされコンクリートの道に尻餅を突き口内を切り頬を腫らした状態で苦々しげにその殺意の相手を睨み上げった。 そんな私のふてぶてしい程の物言いにも彼は表情一つ崩さず「勝手にしろ」と言い放ち踵を反した。それが更に私のプライドを傷付けたのは言うまでも無く、それから顔を合わす度に殺し合いと言う名のプライドの修復作業に勤しんでいた。けれどまぁ結局、そんな餓鬼同士の喧嘩はある事件を切っ掛けに呆気なく終わってしまうのだけれども――――― 日曜。勿論休みでは無く仕事だが暫しの昼休み、池袋の街に足を運べば有名人二人の公開喧嘩の真っ最中。飛び交う人、物、人、物、物――――― それを遠目に眺めながら若い頃の事を思い出す。 「何だかあの二人見てると昔を思い出しますね」 「俺は自販機や標識を引っこ抜いて投げ飛ばした覚えは無いが?」 「そこじゃないですよ……」 「まぁ、確かにちょこまかとウザったらしくはあったな」 「げっ、よりによってそっちですか」 「何か間違っているかな?」 「何故だろう…強く否定出来ない……」 クツクツと不敵に笑う四木の横で自販機が空を舞う池袋の日常風景を眺めうっすら懐かしむ。 「しかし若いって良いですよね」 「あいつらとそう変わらんだろ」 「何言ってるんです、女は三十路過ぎたらオバサン扱いですよ」 黒いベンツの屋根に肘を置き染み一つ無い白のスーツの内ポケットから無骨な指先が抜き取った煙草に私はすかさず火を差し延べる。 「俺は青臭い小娘より歳の割りにお転婆が過ぎる位の女の方が好きだが…?」 一度肺に入れ、それから吐き出された煙りが鼻を擽る。 「それって褒めてます?」 「勿論。ついでに惚気てもいるつもりだが?」 ニヒルな笑みが目と鼻の先。ゆっくりと塞がれた唇から赤い舌が侵入し、今度は肺から肺へ煙りが満たされる。充分味わった後、離された唇は名残惜しげに糸を引く。 「昔の事、と言えば初めて会った時凄い形相でお前に殺してやるって言われたっけか」 「そりゃあ思春期真っ盛りのこの街で自分が一番強いんだーって意気がってた女の子を殴り飛ばしたんですからね。高慢なガラスのプライドが粉々に砕け散っていった時の悔しさと言ったらもう」 態と大袈裟に声を張り上げ、けれど口調も表情もおどけた風に達弁する。 「まぁお互いに青かったからな」 「どうです?久々に昔みたいにやり合ってみますか?」 「そう、だな………」 無敗の王者 「ベッドの上でなら、な」 いつの間にか短くなったフィルターを律儀に携帯灰皿に押し込むと四木は助手席のドアを開け、丁寧にエスコート。 本日四本目となる道路標識が青い空の下を駆ける。 (っ、それじゃあ勝てる見込みが無い…!) (それはどうだか) (四木さんッ!) ---------- 2011,05,06 |