×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


嘆いても届かない。ならいっそ捨てて行くか



道端に咲く名も知らぬ小さな花。地に落ちた飛べぬ鳥。それだけで世の無常を知るには十分だった。
変わらないようでいて急速に変わってゆく。それが無情な世の無常なのだ。





「土方さん、私たちは何を護っているんでしょうね…」


たまの非番の日、隊舎の縁側に座り雲の流れを見ていた。


「何って、この江戸とその市民、牽いては幕府のお偉いさんだろォよ」
「本当にそうですかね……」


ズズッと茶を啜りながら雪乃は答えた。


「何が言いたい」


土方も同じく茶に手をかけながら一言、そう尋ねる。


「いえ。ただ、私たちが護るべきモノは本当にそれらなのでしょうか」


その時はコイツが何を言っているのか分からなかった。いつもの非番のいつもの会話。その程度にしか思わなかった。


「オマエ、少し働き過ぎなんじゃねぇか」
「土方さんこそ」
「俺ァいいんだよ。副長だからな」


湯飲みを盆に戻し、煙草を一本取り出し火を点ける。吐き出された白煙がゆらゆらと青空の雲と同化してゆく。


「土方さん。私、護りたいものがあるんです」


雪乃から唐突に発せられた言葉は、何故だかとても重たかった。そしていつもとは違う真剣な眼差しで瞳を捕らえられた。しかしそれは一瞬にしていつものヘラヘラとした笑顔に掻き消されてしまった。


「なんてねっ」


そう言い、アハハと笑う雪乃はやっぱりいつものアイツで、先程の真剣な眼差しは俺の見間違いだったのか、とすから思えた。


翌日、雪乃は出勤して来なかった。昨日、あれだけ元気だったんだ、病気や体調不良なはずがない。
サボりか。
そう思いつつ見回りのついでに雪乃の自宅アパートに向かう。
しかしどうした事か。呼び鈴を鳴らせど出て来る気配が無い。苛立ちに任せてドアノブに手を掛けるとどうだろう、鍵が開いているでわないか。そのまま部屋に上がり込めば、そこには何も無かった。
そう、文字通り何も無いのだ。家具や食器、衣類はもちろん人が住んでいた気配すら無い。初めから誰もそこに居なかった様に全てが無かった。


思い出されるのは昨日聞いた、意味深な言葉。


「何があった…」


しかしその問いに答えてくれる人物はもう居ない。



それから数日後、頓所に、いや正確には土方の机の上に一枚の手紙が置かれていた。


『土方さん
 貴方は本当に護るべきものを護っていますか?
 私は―――――』

「どう言う意味だよッ…」


机上の手紙を握り締めたまま、土方は自室の廊下から空に言葉を投げる。 空は青く、彼女と最後に会話をした時と同じ様に白い雲が数個浮かんでいた。



それから数ヶ月が経ったある日。
雪乃は死んだ。
その日は丁度、江戸市内で大規模なテロが起きた日だった。



『土方さん
 貴方は本当に護るべきモノを護っていますか?
 私は

 この国の誇りを護りたい』



そう遺し彼女は死んだ。
突入の際、チラリと見えた彼女の顔は、あの日一瞬だけ向けられた射抜く様な真剣な眼差しがあった。
あぁそうか、これが…
土方は妙に納得をした。
そのまま乱闘の波に飲み込まれ、全てが終わった時、禅は床に転がっていた。真選組としてでも一般市民としてでも無く、テロリストとして死んだ。


『土方さん
 貴方は本当に護るべきモノを護っていますか?
 私は
 この国の誇りを護りたい。
 
 だから全てを捨てるんです。
 過去も未来も
 そして今この時すらも……
 
 土方さんにはその覚悟がありますか。
 嘆くのでも無く憎むのでも無く
 護る覚悟が。護り抜く覚悟が』



ふと、血に淀む雪乃の胸元には一枚の紙が納められていた。土方はそれに吸い寄せられる様、手を伸ばす。三つ折りの紙を広げればあの手紙と同じ流麗な文字。



『追伸
 
 本当は貴方と同じモノを護りたかった』


笑えるほど悔し涙が止まらない。拾ってやる覚悟がどうして出来なかった…あの日あの時、アイツが捨てたものをどうして拾わなかった。
気付いた時にはまた何かを捨てていた。
それが不甲斐無くて仕方が無い。



嘆いても届かない。ならいっそ捨てて行くか



(拾ってくれと言う甘い期待と気付かないでくれと言う淡い願い)
(そのどちらも捨てきれなかった無常の世の残り香)


----------
2009,10,03