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脳からほどけた皺



生き急いだ椿の花は、ポトリと其ノ頸ヲ落とした散る事を待たずして跳ね飛ばされた武士の花。
緋ヒ椿は愛情ヲ。白ヒ椿は優しさヲ。香らぬ姿は内助の功。
本当、誰よりもこの日ノ本を愛し憂いたあの人にそっくりだ。
そう思うと悔しさと哀しさと不甲斐無さに涙が溢れる。どうして、何故、と堂々巡りの自問自答を頭の中で繰り返し繰り返し己に問う。どうして一人で行かせた。何故間に合わなかった。
ギリッと無意識の内に食いしばった唇から鉄分が口内に広がり、力を込め過ぎた両手は紫色に鬱血し始める。吹きっさらしの戦の跡地に膝を折り、ひたすら頭を垂れ続けて早二時間。荒れ果て烏一羽飛ばぬそこは、虚の空いた心の様だ。


「――――ッ松陽せん、せい……間に合わなく、て…ごめんっな、さい……」


歪む視界、震える声で師に詫びる。
半ば、怒りと憎しみに駆られて戦に身を投じ、結局その憤りが収まらぬまま戦は終わり虚しさだけが残った。こんな事、あの人が望むはずなど無いと分かり切っていた。それでも、このやり場の無い怒りを昇華するには攘夷戦争を大義名分に刀を振るうしか、そんなことしか私には出来なかった。
人の心情を鑑みる必要のない空は憎たらしい程快晴で、何処までも抜けるように透明で青い。本当に、本当に戦争は終わったのだ。終わってしまったのだ――――私達の敗北と言う形で。


「こがな所にいたがかえ」
「―――――えっ」
「綺麗な顔が泥だらけじゃ」


ふと、聞き覚えのある独特の訛りが聞こえたかと思えば、ぐいっと右腕を掴まれ立たされる。 屈託の無い笑顔が背後の太陽とダブりまぶしい。


「ッな、に……?」
「いつまでも立ち止まったまんまじゃしょうがないき。ほれ立った立った」
「なん、で…辰馬が此処に……」


大きく目を見開き、驚きすぎて思うように言葉が出てこない。
彼は、自分たちより先に戦場を後にし宙に行ったはずなのに、それが何故か私の隣で馬鹿みたいに笑っている。


「いつまァで経ってもおまんが来んから迎えに来たち」


アハハハハと豪快に笑い飛ばす姿は、あの頃よりも清々しい気がした。


「後悔する事は悪くない。けんど、いつまでもそれに囚われちょったらいかんがぜよ」
「そんなこと…っ!」


咄嗟に否定にかかるが二の句が継げない。確かにあの時から一歩も動いていない。ずっと――――ずっと立ち止まったまま過去を振り返ったまま前を見ていない。


「おまんらの師匠は泣き顔ば好いちょったんか?おんしゃらァの先生は、ほがーに縛り付ける人じゃったがか?」


辰馬の声が直接脳へと響く。安堵感がじんわりと広がり胸の痞えが消えてゆく気がした。


「違うじゃろ。何も考えんとおまんらァが笑っとる顔を見るのが好きじゃったはずじゃ」


真っ直ぐで熱い言葉は凝り固まった思考を溶かし空を青く塗り、瞳に青空を青空として映す。


「辰、馬……」
「ほいたらもう、此処には用はないな」


そう言うと私の左手に握られたままの刀の柄を取り、少し小高く盛られた地面に真っ直ぐ突き刺した。
血と油がこびり付き鈍色に光る刀身は無数に刃零れを起こしておりそれは、もう自由に生きて、好きな様に道を歩めと言っているように思えた。



脳からほどけた皺



「こん宇宙はまっこと広いぜよ!己が思うた通りに生きるには最適じゃ」


僅かに残った雲さえも、全て吹き飛ばす勢いで天に向かって叫ぶ辰馬を見て、私は幾年か振りに心の底から笑顔を零した。


(自らに勝手に課した重いしがらみは、此処に全部置いて行こう)


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企画:ぼくのアルビノ
2011,04,17 濁点