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死相香る



「ヒト、を斬るのかい?」


後方の橋げたから声をかけられる。
女、か…


「おやおや、こんな夜更けに女が一人歩きしてちゃァ危ないよ」


カツン。
高下駄の爪先が橋を引っ掛ける。女からは光は感じない。もやもやとした暗雲の様な……


「人、を辞めるのかい?」


白檀の紫煙が鼻を掠める。
カツン…
今度は欄干に雁首が打ち付けられた。


「アンタ…何者だい?」


似蔵は刀に手を掛けようとしたが、はたとその手を止める。
真横。いつの間にか女は似蔵の横で、橋の手摺りにもたれ掛かっていた。


「光は…嫌いかい?」


真っ直ぐと見詰められている。見えなくともそう感じる程に…


「お前さん、何者だ…?」


再び、けれど今度は殺気無し似蔵はに静かに問う。


「アテシはただの、煙管屋さ」
「煙管……」
「…、何か思う所でもあるさね?」
「いや…、」


煙管と聞いて、合点がいった。成る程この雰囲気、己が良く知っている訳だ。ほんの微かだが、あの男と同じ"匂い"がした。フッと笑う女は、相変わらずもやもやとした闇煙を纏っているように、掴めず、読めない。


「お侍さん、紫蘭の香がするねェ」
「……え?」
「いや、何でも無いさ。気にしなさんな」


ドクリ―――
そう、腰に差した刀――紅桜――が疼いた気がした。そしてもう一度柄に手を置き、鯉口を斬ろうとしたが、上手く刀の刃が抜けない。

(抜かれたがっていない…だ、と)


「斬る相手は選んだ方が良い」


耳元で囁かれた様な声にピクリと視線を横に向けるが、既に女は隣りにはおらず反対側の橋の袂にいた。そしてそのまま一度だけ振り返りニッコリ夜目にも分かる位ハッキリと笑い、一言残すとそのまま江戸の闇へと去って行った。


「アテシなんざ斬ったって何の得にもなりゃしないさ……まァ、斬れればの話だけどねェ…


後半は何を言っていたのか聞き取れなかった。それでも不思議な感覚に捕われていた全体が、いくばくか"いつも通り"の空気に戻ったのを感じ似蔵も橋を後にした。



死相香る



カランコロンと高下駄を小気味よく打ち鳴らしながら女は裏港に浮かぶ、一隻の軍艦を見上げる。


「次に煙草葉を届ける時には、弔花も一緒の方が良さそうさね…」


様々な漂う香りが鼻を撫でる。


「紅桜、かァ……ほんに、難儀な名を付けるねェ…」


吹かした紫煙は宵闇に吸い込まれて行った。


(さて、紅桜……)
(まずはあの男を斬りに行こうじゃァないの)


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2010,07,06