死体の転がる戦場で血を拭いもせず笑う私は、それでも人と呼べるのだろうか。降りしきる雨は表面は洗い流しても、身体の奥底にまで染み付いた血は綺麗にはしてくれない。 「なん、で…かな……」 あれ程まで静かだった戦場が、今になって煩く耳を責め立てる。 「、負け…ちゃった……」 死んで何かが変わるなら、私は喜んで命を棄てよう。命を賭してそれで救われるのなら、私は真っ先に差し出そう。けど…けれどそうじゃない。そうじゃなかった。 「泣ちょるがか…?」 「泣いて、ない…私は…、笑ってるの…」 「ワシにはおまんは泣いちょる様に見えるけんどのぉ」 死んだ所で何も変わらない。命を賭した所で救われない。 ならどうすれば… 「泣く…?私が?」 「そうじゃ」 鉛色が重く肩に伸しか掛かる。 空はこんなにも近かっただろうか… 「おまんはいっつも泣いちょるき」 大きな掌がポスッと血と汗と土埃に塗れた頭に乗せられる。絡まりざらついた赤い髪は戦場を駆ける鬼神そのものだった。 「泣く意味っちゅうのは哀しいからだけじゃない。悔しい時でも涙は流れるきに」 「悔…しい、」 「いっつもおまんは悔しゅうて悔しゅうて仕方ないと泣いとったがぜよ」 「………、」 遠くを見詰める瞳は険しかった。いつも陽気に馬鹿笑う横顔とは違う。悔しさとやる瀬なさを必死に堪え、覆いかぶさりそうな灰色の重い曇天に視線を突き刺していた。 「だから、たまには自分の為に泣いたらえぇ」 「、……辰馬も泣いてる、の……?」 ギュッと辰馬の着物の裾を握り締める。 あ…やっぱり私、泣いてる。 生暖かい雨が私の頬をだけを濡らす。 「大丈夫。私はずっと辰馬の隣にいるから」 「それが戦場じゃなくても、ココじゃなくても…ね」 「ハハッ、おまんには叶わんのぉ―――――ほいたら……」 哀しいお話をしようか 「ほいたら………一緒に宇宙まで着いて来てくれるがか?」 どさりと地面に向かって重量が体を引っ張る。力が抜けてゆく。赤い赤い黒髪は『血』 「…へへ、それはム、リかも…」 辛うじて見上げた空は相変わらず灰色。 「言った側から嘘吐きゆうがか?」 「ご、めん…ごめん、辰、馬……でも、一緒には行け、ないけど…、」 一瞬、一瞬だけあの何十にも折り重なっていた厚い雲が晴れた気がした。 鉄錆臭が濃く大気を包む。ヌルヌルとしつこくしつこく血が絡み付く。 「――――ッ――、」 名前を呼ばれた刹那、霞んだ視界で彼の瞳から流れ星が落ちるのを見た気がした。 (清々しいハッピーエンドと陳腐なバッドエンドは) (どちらも同じだけ起こり得ない) ---------- 2010,06,11 |