「妖刀紅桜、か…そんなに凄い刀なら私も一回振るってみようかな」 フっと意味ありげに鼻で笑い刀に手を伸ばす。瞬間、背後から怒鳴り声。 「ッ!テメェはその刀に触るんじゃねェッ!!!」 焦った声音と睨む瞳。 あぁやっぱり、な… 「晋助、」 紅桜に伸ばした腕を引っ込め、ゆるりと立ち上がる。 ヒュッッ……ガキンッ―――― 瞬間、高杉との距離はゼロ。刃と刃が火花を散らす。高杉は辛うじて鞘から刃を覗かせ振り下ろされた刀を受け止める。駄々漏れの殺気で空気が痛い。 「テメェ…私が触れねェ様なモン造って、どうすんだァ…?」 カタカタと押し合う刀。細められた目は酷く冷たく、咽から這い出る声はとても低い。あんな目で睨まれ、あんな声で凄まれてどうして怯まずにいられよう。また子、万斎、武市は唯々息を殺し無意識の内になるべく気配を消そうとした。 (これが攘夷戦争中、"鬼"と呼ばれた女の本気、でごさるか…) ゴクリと生唾を飲み込む。 「…チッ……」 短い舌打ちと共に息苦しい空気は取り払われ、気付けばもう彼女は刀を鞘に納めていた。 「私は確かにアンタに付いて行くと決めた。一緒に居ると約束した。裏切らない、と誓った」 「………」 「だけどね、晋助。私が見ているのもまた、昔と何一つ変わっちゃいないんだ…」 矢張りまだ不機嫌で、だけど瞳の奥に諦めと悔しさと悲しみが一瞬見えた。そして擦れ違い様、一言告げる。 「刀の事も、"交渉"の事も"今回は"見なかった事にするけどね…次は知らない、よ」 それだけ言い残すと廊下の奥に姿を消した。 (嗚呼、ありゃァかなり怒ってるな…) 肩の緊張を解き、刀を撫でる。 「マジで殺そうとしやがった…」 未だ痺れの残る右手を見遣り、ポツリと呟く。返事を待たぬ言葉はそのまま空気に溶け、霧散した。 船内を後にし甲板へ出る。懐から取り出したのは一冊の本。あの莫迦も、きっとまだ肌身離さず持っているはずだ。ゆっくりと開き、あるページで手を止める。 最期の日、先生が書いてくれた言葉。それを私は一度だって忘れた事は無い。晋助は、アイツらは…覚えているだろうか…… あの日、唯一私達が交わした"約束"、を―――― 「私は、ちゃんと覚えてるよ……」 潮風が髪を攫う。水平線のもっとずっと向こうを見据え、これから始まるであろう戦いを予見した。 忘れ得ぬ 言葉にするのは簡単だけれど、互いに誓い合うのは生半可な覚悟では無い。 フッと笑い再び本を懐に戻す。 「私も大概甘い、なぁ……」 (覚えているさ、お前との誓いもアイツらとの約束も) (ただ俺ァ……) (壊すだけなんだ…獣の呻きが止むまで、な……) --------- 2010,05,01 |