右を見て左を見て前を向いて、一歩。小学生の確認作業よろしく全体を見渡した後、踏み出した先は荒涼たる戦地で、鉄錆と腐乱臭が絶え間無く鼻孔を突く。しかしそれも馴れてしまった。胸糞悪い天人共のくっさい血臭も、胸やけを起こしそうな肉の燻る臭いも。全部、全部、日常。血と汗と、泥と欲と少しの白粉。戦場に香る匂いなんざそんなもん。同じ世界を目指して戦ったって、そんなの今にして思えば滑稽だ。宿らされた子宮も産み落とされた産湯も抱き上げられた腕も、吸った空気の微生物も見上げた空の光の反射角も。どれ一つ取っても同じものは無いのだから。 「人は、誰ひとりとして同じ世界には生きられない」 「なんだァ唐突に…」 「そもそも眼球は二つとして同じものは無くて、そうするとモノを映す水晶体の歪みだって違う」 かっ開いた死体の腹部を刀の切っ先でグチョグチョと捏ねくり回す。 赤、朱、紅、緋、あか、アカ…… 文字で表すだけでも之だけ違う"あか"がある。同じ血の色なのに、他者がどれをもってこの血を見ているのかすら私には分からない。 「神経伝達速度だってもしかしたら皆、ほんの少しずつだけれど違うかもしれない」 伸びた睫毛に揺れる瞳孔。 ほら、またこれも違う。 「結局私達は同じモノを見て同じ世界に生きている様な気になっているけど、そんなことは有り得ないんだ」 「それ、で…?」 「だから…だからせめて、」 簡単な事じゃァないか。同じものが見れないのなら、最も似た景色をこの眼に焼き付ける。それだけの事だ。 駆け抜ける飄が私とアイツの匂いを混ぜっこぜた。 「阿呆くせェ…」 言葉とは裏腹に存外上機嫌に鳴らされた咽は、着物の朱と髪の紫檀とのコントラストで、やけに白く生々しく見えた。 稚拙な同系色 (皆違って皆良い、だなんて私は認めない) ---------- 2010,05,25 |