走る足を止めた。 気付けば一人、ただ一人、私だけが立っていた。敵味方、人も天人も男も女も関係なく死んでいる。 私が、殺した。 「あ………」 握り締めていた刀の柄。 力を抜いても手が開かないのは、離すまいと必死になっていたから。心が折れ、精神が悲鳴を上げても刀を棄てる事の無いように。戦場を、逃げ出す事の無いように。 斬り殺して―――生き残る為――― 何時の頃からか、それしか考えなくなっていた。仲間が国だ幕府だ天人だと刀を振るう中、気付けば私は"また"自分の為に刀を振るっていた。 そんな、身勝手な剣を教えてもらった覚えはないのに… 強張った指の筋を一本ずつ左手で剥がしてゆく。食い込んだ爪が皮膚を少し抉る。解放された刀は血と油が絡み付き、所々刃零れをしていた。 「…なん、で……」 忘れられず繰り返し見る"想い出"が目の前の光景とダブる。どす黒い地面は折り重なる死体。土から生えるのは折れた刀や槍。地獄だとてもう少し賑やかだろう。 (ここは…本当に地球なの、か?) 肉の焼ける臭いには慣れてしまった。血を纏う事にも抵抗を感じなくなってしまった。 (私は人、なのだろうか、…?) 化膿しかけた腕の傷を見る度に、自分がまだ生きている事が確認出来た。 だから私達は傷を負う。そうでなければとっくに…… 「せん、せ…ぃ……」 呆然と荒れ野に立ち尽くす。無意識の内にカラカラの咽で呟いた言葉は、後方から私の名を呼ぶ声に掻き消された。 「ッおい!生きてるか?」 駆けて来たのだろうか。肩で息をした銀時が目の前に、居る。 (あぁ…キミもそんな目をして……) 鋭い視線は獲物を射抜く目。ギラギラと光る瞳は血に飢えた獣。私も、彼も、彼らも…皆、人で在る事を辞めた。辞めざるを得なかった。 動かず、黙りこくったままの私を不審に思い、銀時は顔を覗き込む。 「ッ…どうした?」 ギョっとして目を見開く。 「え……?」 何をそんなに驚いているのか分からずにいると、乱暴に頬を拭われる。泣いていた、のか… 「大丈夫、か…?」 「なにが」 「お前、すげぇ辛そう」 「―――当たり前、じゃん…」 だってもう、先生はいないんだよ…… 再びしっとりと湿った肌。今更何に対して泣いたのだろう。溢れ出した涙は止まることを知らず、視界が滲む。 「……っ、…」 嗚咽し、しゃくり上げる喉。失った事実は心に埋められない虚を残す。 「、こん、な…世界っ……大嫌、い…ッ、!!!」 縋り付いて泣き叫ぶ私を、銀時は何も言わずただ優しく背中をあやした。 「…そう……だ、な…」 引き裂かれた想い 何度拭ってもあの日の光景が目に焼き付いて離れない。奪われた師と、焼き払われた"家" どうして大切に思う事が出来る。 どうして憎まずにいられる。 二度も私達を捨てた世界なら、三度目は私達が捨ててやる。 (愛する世界など、もうここには無い) (在るのはズタズタに裂かれた想い、だけ―――) ---------- 企画:明日 タイトル:無題 2010,04,29 濁点 |