守って守って護った挙げ句、俺達は狂気の華を咲かせちまったんだ… アイツはいつも優しく笑って俺達を和ませた。ただ、アイツがいるだけで戦いに明け暮れる日々に安息と少しの温かみを得る。もっと簡潔に言えば、そう、甘えていた。家とも呼べぬ掘っ建て小屋を拠点とし、いつ終わるとも知れぬ戦に赴く。そんな俺達をいつだってアイツは笑顔で見送った。アイツはいつも俺達の分まで笑顔でいてくれた。 今でも「銀ちゃん」と嬉しそうに俺を呼ぶアイツの優しい声が忘れられない… アレは馬鹿なのかと最初は思っていた。こんな血生臭い場所でへらへらといつも笑顔を振り撒きやがって、正直苛々した。だけどアレはいつも俺達の事を見ていて、どんな些細な事でも気付きそっと側にいてくれた。何を言うでもなくそっと隣りに腰を下ろし星空を見上げる。 そう、アレはいつも俺達の代わりに泣いてくれた。 そして今もまだ「晋ちゃん」と無邪気に俺を呼ぶアレの顔が忘れられない… 今にしと思えば彼女は気丈に振る舞っていただけだったのだろう。負傷して帰って来た俺達を見ては心配そうな顔しながらも手当をしてくれた。そんな彼女の手はいつも少し震えている。口には出さないが誰よりもみんなの事を大切に思っていたに違いない。彼女はいつだって俺達をきちんと叱ってくれた。 けれど今もまだ「小太郎」と柔らかく俺を呼ぶ彼女の仕草が忘れられない… いつがその時だったのかは解らない。けれど着実に進行していたに違いなかった。 攘夷戦争も終息に向かっていた時。拠点としていた場所が天人らに見付かってしまった。そこからはもう味方は散り散りになり己の所在も解らぬ状態のまま、ひたすら天人を斬り殺しながら山を駆けた。気付けば一人きり。乱戦になる間際に見た、不安と恐怖に泣き出しそうなアイツの顔を思い出し、何故か胸がざわついた。 「クッソ…!」 きっとアイツは誰かと逃げている。そう己の都合の良い方に思考を働かせる事で、この言い知れぬ不安感を拭い去るしかなかった。途中、高杉と合流し山の中腹辺りを歩いていれば、人の気配を感じる。ゆっくりと慎重に近付く。 天人、ではない…二人、いや三人…?長い黒髪の男に少女…あれは… 「ヅラっ!雪乃っ!」 言うが早いか俺と高杉は草影から飛び出す。ハッと振り返る桂の顔を確認し、安堵と再会の喜びが沸き上がる。が、それも一瞬の事だった。顔を強張らせたまま立ちすくむ桂の目線の先。そこは森の中だと言うのに真っ赤だった。 「なん、だこれ…」 気付けば鼻を掠める血の臭い。眉を潜めもう一度辺りを見渡せば、赤い中に少女が膝をついていた。急いで駆け寄れば、雪乃は体中血塗れで、しかし良く見れば外傷は見当たらない。 全て返り血だ。 「お、前…」 ドクドクと胸の鼓動が煩い。血の気が引いていくのが分かる。 「血、赤かった」 ゆっくりと開かれた口はとても穏やかに言葉を紡ぐ。 「同じだったんだ、ね」 ふっと上げられた泣き出しそうな顔。 「なら…簡単な事でしょ…?」 「……ッ、まさ、か…」 それが歪められ、後にはとても残酷な笑みだけが残る。 「壊せば良い」 酷く冷たい声音。光を宿さぬ瞳。何があったかなんて容易に想像がついた。 ――箍が外れた―― ずっと心の奥底で燻っていた闇。それが熱を上げ、身を焦がした。 「―――雪乃…?」 ゾクリと悪寒が駆け抜け呼吸をするのも憚られる。高杉でさえ眉を潜め、不安げに名前を呼ぶしか出来なかった。 「簡単な事、だったんだ」 ニタァァと下品に釣り上げられる口端。 「人だろうが天人だろうが」 こんな雪乃を誰も見たことがなかった。 「―――同じ、…」 肉から抜かれた刃が弧を描く。 「壊してしまえば、壊れてしまえば、」 振り下ろされた刀は死体の頭を跳ね飛ばす。 「…変わりない」 再度跳ね上がる血を浴び愉悦に浸る。 「躊躇う必要が、どこにある……?」 その一言を残しアイツは消えた。誰も彼もが身動きが出来なかった。 こんな、こんな事を誰が望んだ…? 綺麗事で構わない (だからどうか返してくれ) (俺達にも護れるものがあるのだと) (そう思わせてくれ―――) ---------- 2010,03,28 |