歩いた道程に何があるのかは分からない。振り返った後には消化仕切れない憎悪と絶望。だけど行き先だけが明確で、それが苦しかった…… どうせ行き先が見えるのなら、みんな同じが良かった。道は違えど最後にはまた同じ場所に立ちたかった。しかしそんな甘ったれた願いが叶う訳もない。 (銀時…ヅラ…) 嘗て伴に志しを伴にした仲間の名前をぽつりぽつりと呟く。 (晋助、辰馬……) 嗚呼、私は何をしているのだろう。道を一人勝手に違えたのは自分だと言うのに。 ぼやける視界、何処か別の場所に持って行かれそうな意識。ハッとして目を開けた瞬間、目の前には薄暗い白い天井があった。反射的に身体を起こそうと動けば、有り得ない程の激痛に悶絶してしまった。 「起きたか…」 苦悶に歪んだ顔で声のする方に目をやる。 「ヅラ…」 「ヅラじゃない、桂だ」 そうお決まりの掛け合いをしてから自分の置かれた状況を確認する。 ―――殺してはいけないよ… 頭の片隅に残る酷く残忍な響きを含む言葉。 「ここに運ばれてきて丸五日になる」 「五日…」 「全身打撲に全身骨折。それに内臓の方も数ヶ所やられている」 予想はしていた。あれだけの攻撃を受けたんだ、死んでいてもおかしくない。いや、殺されなかっただけ、だ…… 意識の途絶える刹那に聞いた、優しい狂気を孕んだ声が今も耳の奥に残っている。 ―――殺してはいけないよ…。だってそいつはボクのだからネ――― 「ヅラ」 「ヅラじゃないかつ…「私は、まだ生きてるんだね」 ピンク色の狂気に魅せられて、堕ちた先は地獄のまた底。アイツなら…私を殺してくれると思った。 「死に損ないの生き損ない」 死ぬべきだと分かっていて生に執着する卑怯な私。一人じゃ死ねないと知っていて殺さない意地悪なアイツ。裏切りは明白なのにそれでも信じてくれる優しい人達。 「もう見捨ててくれれば良いのに」 「お前はそんなに死にたいのか?そんなに俺達は頼りないか?」 淡々とした口調。けれど説得力のある口調はやはりヅラだ。 「死にたくない。けど生き続けるのももう嫌だ…」 目尻から零れた涙が頬を伝う。優し過ぎる嘗ての戦友は今の私にとってはただ残酷なだけ。 「居るなら私を殺してよ、ッ」 絶叫に近い嘆願が病室に木霊する。すると窓枠にいつ現れたとも知らぬうちにピンク色の三編みが揺らめく。ハッとして身構えるヅラに対し、いつものニコニコとした笑顔を向けながらアイツは私に言った。 「嫌だネ。オレはキミを殺さない。絶対に、ネ」 私の顔を食い入るように覗き込んでそれだけ言うと、じゃあねと窓から消えていった。 今度こそ本当に。 「ヅラ、今でもあの時の約束って有効…?」 大分思考が落ち着いてきた。開け放たれた窓から吹き込むヒンヤリとした夜風が、いつもの自分を取り戻させる。 「なんの話だ」 「覚えてるくせに」 あんたも大概意地悪だね。いや、ヅラは優しいのか… 「あんただけは約束守ってよ」 ベッドのすぐ脇に立つ桂の太股に頭を預け静かに目を閉じる。 「私を殺すのも殺して良いのも…殺して欲しいのも、ヅラ…あんただけってやつ」 ふんわりと髪を撫でる大きな手は昔と変わらない心地好さ。 「お前のその浮気癖が治ったら、な」 不敵な笑みでそう告げる。 「……善処します」 狡いだなんて百も承知。結局、何をグダグダ考えようと生と死をフラフラしようと、コイツにだけは甘えてしまうのだ。狡いと分かっていても… 愛だとか恋だとか仲間だから大切とか、そんな簡単な想いじゃない。複雑過ぎて、でも実は意外と簡単で。ヅラはヅラ、私は私。それだけなんだ。 ジグソーパズルの様に、違う形をしているけどピッタリと嵌まる。だけど嵌まる場所は一カ所じゃないし、形も歪。そんな形をした世界に私とヅラはいるんだ。 軋む世界 (今度アイツに会ったら私が殺してやろう) (ピンク色を赤に塗り替えて) ---------- 2009,11,21 |