伏せられた睫毛がゆっくりと持ち上がる。意志の強い潤んだ瞳が明けるか明けないかの夜空の最端を見詰めていた。そしてあの日、背中を見送られた瞳の主の背中を、今は俺が見詰めている。 「銀ちゃん…?」 自らの背中に注がれる物言わぬ視線。それに気付き振り返ればなんとも複雑な顔をした銀時が居た。 「どうしたの?そんな難しい顔して」 「ん?ああ…」 彼にしては珍しく迷いのある瞳。 そう言えば以前彼に言われた事があった。高杉と私は似ている、と。 確かに似ているかどうかは分からないけれど、高杉は私と一番近い所にいる。好きだ、大切だ等と言う感情は湧か無い。だからそれは愛だとか恋だとかとは全く別の…同類、とでも言うのだろうか。 傷の舐め合い寄り掛かり合い。正にソレだ。 「アイツ、ちゃんと生きてるかな」 少し弾んだ明るい声。 どうしたの?でも大丈夫だよでも無い、敢えてその言葉を選ぶ。流石雪乃だと思った。 アイツ等は似ている。だからこそ決して惹かれ合ったりはしないが、お互いがお互いに背中を預けている。いや、そんなしっかりとしたものではない。寄り掛かっている、と言った方が正しい。支え合う程強く依存せず、温もりを感じられる程ゆったりと触れ合う。そんな感じだ。だからこそ、時たま不安になる。 ガキじみた嫉妬。 分かっている。雪乃がアイツに靡く事なんざ、万に一つも無いし、アイツが雪乃を奪い去るなんて事も天地がひっくり返っても有り得ない。だけどそれでも不安になってしまう俺自身に苛立ちを隠せない。 そんな様子が出てしまったのだろうか、雪乃は困り気味な顔で俺の顔を覗き込んでいる。 「ちゃんと着いてきてよ?」 寄り添う雪乃の頬が俺の肩にそっと押し当てられる。 乳臭いガキの恋愛をする歳はとっくに過ぎたし、そんな恋愛する気も無い。甘酸っぱくて綺麗な感情だけの恋愛。惚れた腫れたで一喜一憂出来るほど可愛らしくもないし、棄てた裏切られたで吼怒し泣き喚くほど女々しくもない。 「銀ちゃんがいないと私何処へ行くか分かんないよ?」 「普通それ、自分言う?」 私たちはそんな安っぽくて上辺だけの関係じゃない。 「あら?誰かさんだって似たようなものじゃない」 汚いんだ。 「帰ってくるは良いけどいっつも傷だらけ」 血と汗と泥とに塗れながら死臭の混じる風を受けた背は、一番見せたくない姿。肉の焼ける臭いがする屍の丘で笑顔で呟いた安堵の言葉は、一番聴かれたくない言葉。 「俺はいーの」 「はいはい」 雪乃はそう軽くあしらう。自己嫌悪にも似た嫉妬と不安感は消え、気付けばいつの間にか笑顔が戻っていた。 カラカラと小気味よく回る朱色の風車。 「いつかまた、絶対みんなでお酒、飲もう」 不意に紡がれた言葉はあまりにも懐かしかった。けれど、きっと俺も心の何処かで望んでいたもの。そうしてゆっくりと一人、太陽だけが空に顔を出しはじめる。 「辰っちゃんもヅラも、あのバカも」 「あぁ…。雪乃がそう言い切るならきっとそう遠くない未来に実現するさ」 左肩に感じる軽い重みと柔らかい温もり。フワリと鼻を掠める雪乃の香り。肩に回した手にギュッと力を込め抱き寄せる。 風車の廻る暁闇 (出発は同じだけれど、道は皆てんでんばらばら) (でもね、ゴールはまた皆同じだと思うんだ) (ね、そうでしょ先生―――) ---------- 2009,09,15 |