くだらぬ焦燥に駆られ荒野を駆ける。 まだだ。まだ… 人とも異形とも分からぬ死体の山。本来なら吐き気を催すかせめて顔を顰めるかする状況の筈なのに、無表情。血に狂って嗤いでもしている方がよっぽど良かった。無表情。だが、明らかに怒気含んだ瞳。憎んでいる。蔑んでいる。殺して、いる。 目で人を殺せると言うのなら、それはこの目の事だ。 「高杉…」 感情の読み取れない声音が名を呼ぶ。 「まだだ。まだ殺してない」 屍の山を足元に天を仰ぎ見る。 「寺子屋に火を放った奴も桂の腕を斬り付けた奴も銀時の腹を刺した奴も、高杉の…高杉の左目を抉った奴もまだ誰ひとり殺してない…!」 嗚呼…アイツは泣いているだ。 「だだ殺してなんかやらない。腕を斬り落とし腸を引きずり出し、」 「止めろ」 「両の目を抉ってその身に火を点け、て……」 「もう止めろ…っ」 気付けばギュッと力強くアイツの身体を抱きしめていた。 「高杉、高す、ぎ…たか…ッ、!」 嗚咽する喉で彼の名を呼ぶ。震える両手で必死に背中を掻き抱く。無表情だった顔は悲哀に歪み、感情の無かった声色には悲痛がこもる。 「お前ェがそんな事する必要なんか無ぇんだ」 抱きしめる腕に更に力を込める。 「俺が…俺が、全部壊してやるから」 そして優しく髪を梳く。 「だから……だからお前ェは俺の傍に居ろ。何があっても離れるな」 泣きじゃくる顔を己の方に向かせ、しっかりと瞳を捉え、未だ瞳から溢れる大粒の涙を親指で拭ってやる。 「お前ェの分も背負ってやるから」 そしてくしゃりと髪を撫でてやれば、予想以上に強い力で掌を握られた。 「たかす…ぎ…、私、」 「大丈夫、分かってっから」 諭すようにそう言えば、女はふるふると首を横に振り、包帯が宛がわれた俺の左目に触れてきた。 「私は…」 一拍置いて精気と意思のある瞳を向け。 「私があんたの左目になる」 一陣の風が翔ける。頬に触れた指先がやけに愛おしい。 「ハッ、上等だ」 ニヒルな笑みを口端に湛え、ゆっくりと深く口づけを落とす。 君となら明日の無い歪んだ未来でも歩いて行ける。そう思った。 三目が通る (お前ェと俺と二人の目) (三つも目がありゃ俺等に敵う者などいるめぇよ) (江戸も幕府も世界も全部、壊してやらァ) ---------- 2009,05,20 |