×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


指先にロマンス



「今度の土曜日さ、休み取れたりする?」


連日の泊まり込みでの残業からようやく解放されて久しぶりに我が家へ帰宅。夜遅くの帰宅にも関わらず、ちゃんと"お帰り"と返ってくる幸せ。


「うん、まぁ有給余ってるから一日くらい休暇は取れるけど、どうして?」


主夫よろしくエプロン姿の虎徹が特製ピラフを作ってお出迎え。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり腹の虫がグゥ。


「いやなんつーかその…楓の授業参観なんだよ……」
「え、――――それ、私が行って良い、の…?」
「むしろ楓からのご指名だよ。ったく『お父さんは行く行くって言っても結局当日にドタキャンするんだから来なくていい!だからお父さんじゃなくてセラさんに来て欲しいな』だってよ。セラさえ構わなければ行ってやってくんねぇか」
「私は大歓迎だけど、楓ちゃん、私に気を使ってそう言ってくれてるだけなんじゃ……」
「あーそれはねぇよ。あいつ、俺との電話ん時も半分くらいお前の事ばっか話すんだもん、パパ悲しい…!」


大袈裟な泣き真似にクスリ。楓ちゃんがそう言ってくれているのなら私に断る理由は無い。明日、早速休暇届けを出そう。
温め直したミネストローネをすすりながら嬉しさと少しの不安に胸を高鳴らせ夜食を頂く。










良く晴れた土曜日。緊張で少し上がる心拍数。サプライズになればとギリギリまで一緒に行く準備をしていたが、結局虎徹は呼び出しを食らって当初の予定通り私のみが学校へ。
無事、何事も無く保護者の務めを果たし、学校が終われば二人で新しく出来たショッピングモールでランチを済ませショッピングデート。


「楓ちゃん、こんなのどうかな?」
「うわー可愛いワンピース!でもこれ私に似合うかなぁ…」
「大丈夫、楓ちゃん手足長いから良く似合うって!」
「えへへ、そう、かな?ありがとうレティさん!」


ふふふ、と互いに顔を見合わせ笑い合う。娘、とはこう言うものなのだろう。いや実際、既に彼女は私にとって娘同然の存在なのだがそれは私の自惚れかもしれない。だから出しゃばり過ぎず、を心掛けてはいるのだがこの笑顔を見るとどうもあれこれお節介をしたくなってしまうのだ。親子揃ってタラシな笑顔をお持ちだこと。
そんな事を考えながら少し早いが父の日のプレゼントも選びながら両手いっぱいにショップバッグを提げ店から店へと梯子を繰り返す。こう言う時の女性の体力と行動力は計り知れないと我ながら思う。


「よーし、そろそろ休憩としますか!」


めぼしい物は粗方手に入れ近くのカフェで一息。
苺の乗ったミルフィーユに濃いめに入れたダージリンにミルクをたっぷり。学校の話、習い事のフィギュアスケートの話、おばあちゃんとお父さんの話。他愛もない会話をしながら紅茶を啜る午後三時過ぎ。
そんな会話の中、ふと少しこちらを伺うような、言葉を探り探り紡ぐように子供、だけれど大人の視線で尋ねられる。


「セラさんは、その…お父さんの指輪の事気にならない、の…?」
「え…?」


余りにも予想外の問いに、間抜けな声が出る。


「私のお母さんとの結婚指輪、ずっとしてるでしょう…?」


矢張り九歳の女の子と言えど女性なのだ。


「私からお父さんにせめてセラさんと二人の時だけでも外す様に言うよ…?」


私は、幸せ者だ。
大切な母親と父親との思い出の中に私と言うある意味異質なものを受け入れてくれている。


「楓ちゃん、ありがとうね。でも心配しなくても大丈夫」


確かに私の両手にはどの指にも指輪は嵌められていない。


「パパの薬指の指輪はね、もう身体の一部になっちゃってるから外して貰う必要は無いの」
「でもッ…、!セラさんはそれで辛くない…?私、お母さんの事大好きだけどセラさんの事も同じ位大好きだよ!?」


子供は聡い。そして素直で真っ直ぐ。
綻ぶ顔が私の気持ち。


「ふふ、ありがとう。でも本当に大丈夫だから、ね?」


よしよしとテーブル越しに頭を撫でる。
血の繋がりのない私を一番愛してくれた育ての父。流しの歌姫としてちょっとしたマドンナだった母親のファン。手に入る事も、思いを告げる事も、力になってやる事も出来なかった。だからせめて私を引き取らせてくれと言われた。それが、下心や同情ではなく彼の、父の分かりづらい愛し方なのだと悟ったのはもう大分大人になってから。


「でも………」
「ほらほらそんな顔しない。そうだ、じゃあこれ」


納得し兼ねる彼女の顔の前にキラリと光る鎖が二連。


「これ、本当は楓ちゃんとパパにって買ったんだけど私と楓ちゃんでお揃いにしよっか。楓ちゃんさえ良ければだけど」


差し出された掌にペアのシルバーリングが通されたペンダントを乗せる。


「わあ…凄い…!お父さんになんて勿体ないよ!それに私もお父さんとお揃いよりセラさんとの方が嬉しいし」
「本当?なら良かった」


貸して、と一つつまみ上げ小さなレディの首元へ腕を回す。シンプルなリングが彼女の可愛らしさと女性としての美しさを両方引き立たせている。よしよし、私のセンスも中々間違っていない。


「私も付けてあげる!」


そう言って小さな手が首の後ろに回されてカチリと留まる。去り際に瞼の上にキスをされ少し驚く。



指先にロマンス



「お疲れ様」


ビールとシャンパン、つまみにカシューナッツとサラミにチーズ。
ソファに腰掛けテレビをBGMに晩酌と洒落込む。


「どう、だった…その、楓の授業参観」
「ん?とーっても楽しかった」
「そうか、そりゃ良かった」


クィっとシャンパングラスを傾け上下する喉。お洒落なんだかダサいんだか本当、良く分からないおじさんだ。


「大丈夫だよ、虎徹。楓ちゃん、ちゃんとパパの事大好きだから、あの作文読めば伝わってくる」
「、そっか」


少し寂し気だった瞳はすっかり元気。
今日も明日も街の平和を守るため中年ヒーローは大奮闘。


(A kiss on the eyelids are the meaning of admiration.)
(瞼の上ならば憧憬のキス)


----------
2011,06,05