丸くなったのか、はたまた馴れただけなのか。最近ようやく皆で呑みに行ける程度には打ち解けて来た。 だからたまには相棒と水入らず、って言うのも良いんじゃないだろうか。 そう思って仕事帰りに一杯引っ掛けて、だなんて最近の若者には嫌がられるかと半ば断られるのを覚悟で誘ってみれば、意外や意外。すんなり了承。 そうかそうかと、嬉しさ全開で馴染みのバーに連れて行き奢ってやると先輩面。 「マスター、焼酎ロックで」 「僕はモスコミュールを」 列んでカウンターの角席に腰を下ろす。 良い具合に空いていて、良い具合に混んでいる。この雰囲気がたまらない。 「前から気になってはいたんですが、その……左手の、セラさんとのでは無いですよね?」 何の話題を振られるかと身構えていれば、なんだそんな事。 「友恵、あぁ俺の嫁さんの事な。アイツとの結婚指輪、だな」 使い込まれ鈍い輝きを放つそれは、すっかり薬指に馴染んでしまったもので。 「彼女は何も言わないんですか」 「ん?あー…そう言や一回も言われた事ねぇな」 「ハァ……最低、ですね」 これでもか、と言う位深い溜め息を吐かれ、ポリポリと頬を掻く。 そんな目で見るなよ相棒。 「まぁそう言うなって。あ、いや……言われた事あったわ」 カランと傾けたロックグラスの中で球状の氷が遊ぶ。 「一回だけ、すげー怒られて殴り飛ばされたことあったわ」 「へぇ…、あのセラさんがそんなに怒るなんて珍しいですね」 「いや、あいつはああ見えて……まぁそれは今は良いか」 殴られた左頬の痛みを思い出して苦笑い。 「で、」 「で?」 「ここまで話しておいて続きは秘密ですか?」 中々良い笑顔になってきたじゃないの。 テレビ用でも営業用でも無い。多分、まだ俺だけしか見れないであろう頼れる少し嫌みな相棒の悪戯っ子の様な笑みに嬉しくなって自然とこちらも笑みが零れる。 「まぁそのなんだ…あいつと付き合って一年、だったかな。初めてするって時によ、どうすっかなぁって迷った挙げ句、シャワー浴びた後に指輪を外したんだよ」 それまで一度たりとも外さなかった、外そうとも思わなかった誓い。そして絆と約束。 「虎徹さんにしたら懸命な判断だと思いますよ」 「だろ?俺もそう思ったんだよ。そしたらあいつ、直ぐに気付いて。で、右ストレート」 バーンと右腕を突き出して殴る真似。 「タオル一枚の格好でしかもこれからって時に、その相手に殴り飛ばされるなんて滑稽過ぎるだろ」 驚いたバニーの顔を見てにししと白い歯を見せ笑う。 『ねぇ虎徹、指輪はどうしたの?』 『あー……えっと、洗面、台に…置いてきた…』 『どう…、して?』 『どうしてっていや、その…ほら、お前が……』 『今後も付ける気があるのに何で外すの?外す必要がどうしてあるの?虎徹にとって私は、友恵さんに隠さなきゃいけない様な関係!?』 あの時のセラは本気で怒っていた。同時にそれが何故か嬉しくて。きっと、そんな事考えるのもおこがましいけれど、赦された気がしたんだ。 「あいつ、泣くどころか完全に目据わっててよォ。流石にあの時は死を悟ったよ」 コエーコエーと言いながら、幸せそうな顔で焼酎を一口。 泣いてくれでもしたら、きっとまた違ったんだろう。多分、そのまま抱いて、何回かデートをしてそれで終わりだったはずだ。 「自分が狡いってのは分かってんだ。あいつの、セラの優しさに甘えてる自覚も、な……」 ライムスライスが添えられた銅のマグカップが汗をかく。 矢張りこの人は"大人"なんだ、と少し淋しさを感じた――――― 朝焼けロック 「そんでその日はそのまま添い寝だけして、やっと抱けたのがそれから更に半年後――――」 「それ以上貴方のベッド事情に興味はありませんよ」 酒の勢いで饒舌になった口を遮る。折角の良い話も話す本人がこれじゃあしょうがない。 呆れつつも嬉しそうに話す虎徹を見てやっぱり頬が緩んでしまう。 「んだよー。まぁあんまりペラペラ喋ると怒られっからな。と、それよりバニーちゃんの方はどうなのよ」 「…………は?」 唐突に振られた話題に頓狂な声が出る。 「アイツ、絶対―――――」 「セクハラですよ"おじさん"」 「ははっ、バニーちゃんのおじさん呼び、ひっさしぶりだなぁ」 酒の力か時間の力か、その両方か。 自分でもこの人とこんな話が出来る様になるなんて――――― 「まあ、何にしても、俺らは幸せ者だな」 「えぇ…、同感です」 互いに無くなりかけのグラスとマグの中身を確認し、マスター同じのもう一杯と重なる声。 (ヘックシュン…!) (あらやだ、誰かセラの噂でもしてるのかしら) (えー……こんな時間に噂話なんて"一匹"しか心当たりが無いんだけど、) (それもそ、うっ―――ハクシュン…!) (あれ?) (どうやらうちのジュニアも噂話してるみたい) ---------- 2011,07,31 |