一瞬。ほんの一瞬だった。 斬って斬られ、よろめき、飛び出し撃たれ―――落ちた。迂闊だった。戦略負けに人手不足。ただ、実力と戦力だけは勝っていた。 あと少し。あと少しだけ…… Dark in the pool 振り向いた時には既に晋助は右目を押さえていた。甲板までの高低差は約10メートル。構わず飛び降りる。刀で人を天人を斬り、薙ぎ払う。 カキン、ガツン―――― 血で殆ど見えぬ視界にも関わらず、振りかざされた刃を感覚と直感だけで受ける。流石、攘夷戦争を生き抜き鬼兵隊を束ねるだけはある。刃と刃のぶつかり合う澄んだ金属音が近付く。 あと少し。 「晋助様、危ないっス…ッ!!」 目の前の敵だけで精一杯であった晋助の前に、突如また子が飛び出して来る。瞬間、再び視界が赤く染まる。 狙撃だ。 遠方から撃たれた弾が三発、確実にまた子の身体を貫く。更に晋助と応戦していた敵に袈裟掛けに斬り付けられ、また子はそのまま海へ転落していく。 「……ッ!」 「また子、ちゃん!!」 私が絶叫に近い声を上げている内に、晋助はまた子を斬った敵を素早く斬り伏せる。 左脇腹に激痛。 振り向きざまにソイツの首を跳ね、再び右目を拭う。 「どい…て。どいて、よ……。退っけェェ…ッ!!」 私は無理矢理押し開いた道を全速力で走り抜ける。チリリと右肩を銃弾が掠めるが、そんな事はどうでもいい。人を、天人を、これ程邪魔に思った事があっただろうか。 行く手を阻む敵を万斎が取り除く。返り血でべっとりと塗れたサングラス。その奥に、一瞬だけ疲労の色を感じた。 「行け」 強くそう一言掛けられる。直後、目の前が開け晋助に抱き着く。そしてその勢いのまま欄干を飛び越え、海へと身を放り投げた。 ザブンッ――― 大きな白波が立つ。荒れた冷たい海に沈んでゆく。うっすらと海水越しに見上げた江戸は……… 消えてゆく、刀 摩天楼が如くそびえ立つ江戸城。水面の乱反射は、まるでこちら側とあちら側を隔てる川のように、私達二人だけ別世界を漂う感覚に襲われる。 太陽に揺らめき海水が視界をぼやかす。 (折るだけでは飽き足らず) (砕くだけでも飽き足らず) (あぁ…こんなにもこの国は――) ---------- 2010.02.24 |