鬼兵隊壊滅から四年、明治維新まで後一年。 先の大規模なテロにより、鬼兵隊は壊滅。 鬼兵隊総督、高杉晋助は重傷のまま海へ転落し行方不明。同じく来島また子も銃弾による致命傷を負ったまま海へ転落、行方不明。河上万斎は戦死。武市変平太は投獄。そして高杉晋助は、三年程前までその生死の有無を確かめる為捜索が行われていたが、つい先日死体の確認がないまま死亡が認定された。 それが幕府が発表した公式な文書。世間一般の周知の事実。 だが時代の急速な流れが今、確実何かを変えようとしている。それがどんな未来に繋がるのか知る者は誰もいない。 ただ、そのうねりの発端は、快援隊艦長坂本辰馬の暗殺。それが全ての始まりだった様に思う――― Dark in the pool 窓際に寄り掛かりベンベンと静かに三味線を弾く男。その姿は直ぐに消えてしまいそうなほど儚く、それでいて奏でられる音は強く直接心に響く。 「先刻、武市変平太が処刑された」 いつの間にか部屋に入り、柱に寄り掛かりながらそう告げた人物に「そうか」と男は気のない返事をする。 「予定通り、だな」 「あぁ…」 予定通り過ぎて反吐が出る。何時だって幕府の連中は期待を裏切らない。良い意味でも悪い意味でも…… 暫しの沈黙の後、男は三味線を弾く手を止める。 「サキ、煙管」 徐に発せられたそれに、襖に寄り掛かっていた人物は慣れた動作で懐から煙管を取り出し、刻み煙草を雁首に詰め、吸い口を男の口許へ運ぶ。それをまた、男も慣れた動作で煙管を口に銜え、紫煙を吐き出す。 「シン、これからどうする」 「そろそろ江戸に戻る、か?」 「……だな」 相変わらず色気のある仕種だ。男はゆっくりと立ち上がり、三味線を刀に持ち替える。 「オイ、サキ。昔みたく俺を呼べよ」 クツリと喉の奥で笑う。嗚呼、成る程。その仕種だけで謂わんとする事が分かってしまう辺り、流石だな、と自らを感心してしまう。 「そう言う事は私とお前、二人っきりの時に、言え―――」 女が言い終えるか終えないかと同時に、目の前の男は刀を振り下ろし、女は腰の刀を抜き、背後の襖に深々と突き立てる。 「――ぐ、あぁ…」 ジワリと襖が血の色に染まり、男二人の断末魔が倒れてきた襖と同時に聞こえた。 「流石、だなァ?」 女に振り下ろした――否、女の背後の襖奥に潜んでいた者に振り下ろし刀を、鞘に仕舞いながら男は満足げに笑みを漏らす。 「フン、私が気付いたんだ。両の目の見えぬお前の事だ、私なんかよりも前に気付いていたんだろう―――晋助」 そう言って男――高杉晋助――に向かってサキ――沙樹――はニヤリと笑いかける。 「全くしつこい奴らだ。一年も前に幕府が死亡確定を言い渡したって言うのに」 「仕方あるめェ…なんてったって俺ァあの、泣く子も黙る鬼兵隊総督様々なんだからよォ」 クツクツと小気味よい笑い。目を細め、口端を少し緩めれば奪うような甘い口づけをされる。 あぁ…何も変わってなんかいないんだ。だだ、ただほんの少しだけ時間が経っただけ。変化では無く経過、なのだと。 三度笠を目深に被り、隠れ宿を後にする。もう二度と、此処に戻る事は無い。振り返る事なく途を歩む。差し出されたやけに白く大きな手を握り、思うのだった。 この男は、もう世界を破壊してやるなどと口にする事は二度と無いのだ、と…… 三味線の唄 あの時、気付かされた。 この国は、端っからボロボロに壊れきっているのだと。破壊された物を破壊するなんて事は、不可能なのだと。 (破壊による断罪) (決意による贖罪) (流れ奏でるは戦場の琵琶法師) ---------- 2010.02.23 |