「好い加減にしたまえ!!」 執務室のドアをノックしようとすれば中から怒鳴り声。ビクリとノックの手を止める。入室を躊躇うも呼び出しを受けている以上、入らない訳にはいかない。 どうせ賠償金の小言なのは分かっている。だからこそこのタイミングだけは避けたかったのだ。 「あーあ……入りたくねェな…」 げんなり肩を落として溜め息。それからコンコンコンと強めにノックをしてからドアノブに手を掛ける。 「だ、か、ら、ここの予算を増やせって言ってるの!」 ドアを開けば案の定怒声が飛んでくる。 「あのー…すいませーん」 当然、ヒートアップしている二人の耳にも目にも虎徹の存在は認識されていない。 「私も何度も言うようだが、無理なものは無理だ!」 一人はこの部屋、アポロンメディアヒーロー事業部室長室の住人。もう一人はポセイドンラインきっての優秀な社員。 「ッチ、頭硬ェな………」 「何か言ったかな、Miss.スミス?」 「いいえ何も」 口角は笑っているが目が、言葉が笑っていない。 この二人の言い争いは両社内で専ら痴話喧嘩と言われており、まぁ要するにアレだ。 「あのー!すみませーん!」 声を張り上げ存在を主張。 ああ胃が痛い。 「言わせて貰うがシャロン、キミは大雑把で適当過ぎる」 「ハッ、アレックスがケチ過ぎンのよ」 「なんだと…?」 バンッと机を拳で叩く音。 いつもの嫌味ながらもスマートな上司の影は無い。あるのは大人気なく年下の女性と言い争うおじさん。 「すみません!呼び出しを受けた鏑木虎徹ですけどっ!」 このままでは埒があかないので、仕方なく二人の会話に割って入る。 どうしてよりによってこのタイミングで呼び出されたかな、俺。 「ケチとはなんだね!――――、んん?何だね虎徹くん」 「そっちが呼び出しといて"何だね"は無いでしょぉロイズさん……」 嗚呼、やっと気付いて貰えた。 このまま延々と続きそうな言葉の応酬が止む。 「あら、虎徹くんお久しぶり」 「え、あ、あぁ…お久しぶりですスミスさん」 「スミスさんだなんてそんな改まらないでよ、ライバル企業同士とは言っても年齢はそんなに変わらないんだし」 「は、はぁ…」 「キミはもう少し気にして欲しいんだがね、」 初めてこの光景を目の当たりにした人は、彼女があのポセイドンラインのCEO秘書及び筆頭秘書官だとは思うまい。 「賠償金くらいちゃっちゃと払ってあげなさいよ」 「キミね、簡単に賠償金賠償金って言ってくれるが、金を払ってはいオシマイとはいかないんだよ?分かるかね?」 「それが貴方の仕事でしょ。大体賠償金如きで毎回呼び出される虎徹くんが可哀相。あー嫌味な上司って最悪」 「……、………はぁ…」 こちらの上司が上司なら、向こうの秘書も秘書。リズム感すらある言葉のキャッチボールはいっそ清々しい。 終始気圧されっぱなしだ。 「じゃあそう言う事だから、書類出来たらウチ会社までファックスして下さいね」 An unexpected piece of good luck. 嵐が去ったかのように一気に静かになった部屋。 黒い皮張りのオフィスチェアに深く座り直した姿はどう見ても疲れている。 「あのー…ロイズ、さん?」 「ん……?あぁ、虎徹くん。今日はもう良いから」 「え、いやでも賠償金……」 「そこの書類にサインしといてくれればそれで良いから、」 「まじっすかロイズさん!ラッキー!」 虎徹は喜び勇んで筆記体でサラサラと流麗なサインをする。 本当、字だけは綺麗だなとまた軽く溜め息。 (思いがけない幸運の一欠けら) (ただし、必ずしも全員に、とはいかないのが世の理) ---------- 2011,09,10 |