野良にしては律儀な子だなと。 少し、居無くなった事を残念に思う。 何かが無くなる事も無く、むしろ与えた服すらきっちり畳んで短い書き置きすら残していった。 「お世辞にも綺麗な字では、無いわよね」 微笑ましげにクスリと笑い、テーブルからつまみ上げた紙切れをポストカードラックの一番手前に差し入れる。 「さぁて、と。そろそろ仕度しなくっちゃ」 たった三日。されど三日。 元気でやってるかしら、と。また、無茶やって無いかしら、と。 思考の片隅で考えてしまうのは、どこかのお節介が感染ったかしら。 「自分を大事にしなさい、だなんて事。アタシなんかが言ったってダメよね」 だから言わなかった。 何をしている子なのかは大体予想は付いたし、それを否定するつもりは無い。 アタシだって全部が全部、人に胸張れる様な生き方してきた訳じゃないもの。人には人の生き方がある。 でもあの目。あれはきっと、多分――――― 「ん……?何かしら」 ふと、足元に見覚えの無い名刺が落ちている。 ごてごてに飾り立てられたヴェネチアンマスクと"J"の文字がデザイン印刷されたもの。 「コレって……」 伊達に大企業の社長はやっていない。 そう言った話は良く聞くし、下司な含み笑いで誘ってくる輩もいる。当然、そんな誘いは丁重にお断り。 しかし最近上流階級の間で珍しい"遊び"が流行っているとは嫌でも小耳に挟んではいたが、まさかあの子が……? 「嫌な世の中…」 短く舌打ちをし、低い声。 キーワードはJ、それから華美なヴェネチアンマスク。 この先、行き止まり コール三回。携帯片手に決まり文句を口ずさむ。 いつものホテルに午後三時。はいはい伺いますよ、ミスター?それともミス?ミセス? 「久しぶりだな、J」 「そうだったかしら、ミスター?」 「ハハッ、お前はそう言う奴だったな」 恰幅の良い老紳士。 紳士、ね。聞いて呆れる。反吐が出る。 「三日前から連絡が付かないと何人かから聞いたが何かあったのか?」 「いいえ、別に?休業日まで一々電話にでなきゃダメ?」 たぶん、本当に心配してくれているのだろう。 だからこそ、嫌なのだ。 自分が"何をしている"か分かっている上での本気の気遣い。 偽善の方がどれだけましか。 「何かワシに出来る事があれば言ってくれ。住む所の事でも金でも欲しい物があればなんでも構わんよ」 「本当?じゃあ………」 ――――アンタ、あたしの代わりに死んでくれる? 「……じゃあ、今度ヒーロー達に逢いたいわ」 ニッコリ口端だけしならせ気まぐれ猫を演出。 気まぐれだ。本当、ただの気まぐれ。 ヒーローが市民を救うと言うならば、あたしを救ってみなさいよ。 そんな当て付けにも似た精一杯の強がり。 (引き返すだなんて野暮な事はしない) (塀を乗り越え向こう側) (その先に、何が在るとも知らずにね) ---------- 2011,08,07 |