服に纏わり付く厭味な甘ったるい女の残り香に苛々する。 欝とうしさを払う様に上着を脱ぎ捨てブラジャーさえも抜き捨て、治安が良いとは言えないダウンタウン北部の入り組んだ路地を急ぐ。 「チッ………!」 早くシャワーを浴びたい。兎に角一刻も早くアパートの硬いベッドの上になだれ込みたい。 残暑よろしく、夜になっても湿度の高い空気がベタベタと肌への不快感を増幅させる。 ――――ガシャンッ 全身を蝕む激痛と苛々を発散させる様、ゴミ箱を蹴り倒す。存外、沢山ゴミの入ったそれは鈍い音を立てて転がり道に生ゴミその他諸々をぶちまけた。 「だからあの女は嫌いなんだ………ッ!」 どの客もそうだが、取り分け今日の客。あの妙齢の若い女の客は、反吐が出る程嫌いだ。 「死ななきゃ……、傷が残らなきゃ、何しても良いと思ってる……」 痛みを痛みとして理解していないあの女は、他の客よりよっぽど質が悪い。 優しい微笑み、とろける様な甘い声、滑らかな白い指先で身体を抉る。全身くまなく切り刻む。 「オイ、」 思い出し、ゾクリと背筋が震え一層強く拳を握り込む。 「オイ、聞いてんのかこのアマ!!」 はっと我に返った時には煉瓦の壁に頭を打ち付けられていた。 しまった――――― うっかり他のシマに足を踏み入れてしまった。 「いっ、……ッッ」 髪を掴み上げられ、容赦無く頬を撲られる。もちろん、拳骨で。 「お前、ここのシマの女じゃねェな?」 「勝手に他所様のシマに入り込んだ挙げ句、忠告無視たァどういう了見だ。あぁ?」 三人、四人。いや、五人か。 いかにも、な男達に囲まれ撲る蹴るの制裁。まぁ所謂リンチ、だ。 能力発動で消耗した体力と、酷い痛みの残る体は脳からの命令など聞いてはくれない。 「、うッ…ぐ……ぇ…」 「おいコイツ、スゲェ金持ってんぞ」 「っマジかよ…!げ、なんだこの額」 逃げる気力すら沸かない朦朧とした意識の中、男の手中に奪われた札束に咄嗟に手が伸びる。 「……ダ……メ…」 「あ?」 「、かえ、せ……」 「返せ、だァ?テメェこの状況分かってんのかよ」 ゲラゲラと嗤う耳障りな音。あぁ、コイツらも同じだ。 痛め付ける側の人間、だ。 「か、えせ……この、っファッキン…アス野郎…!!」 「ンだとゴルァ!!」 「その小綺麗な顔も、体も使いもんにならなくしてやろうか!?」 鳩尾に蹴り。 確実に二本はイッたなと妙に冷静な頭で分析。 死なない、にしても当分客は取れないだろうな――――― これから起こるであろう身の上悲劇にそっと、誰にも分からないくらい微かに笑う。 「…、ッやれるもんなら、やってみな……!!」 血の混じった唾を吐きかけ宣誓布告。 二十四時間経つまであと三時間。それまで持てば私の勝ち、だ。 本当、くだらない――――― 泳げない鳥と飛べない魚 散々撲られ蹴られ、馬乗りになられた所で霞む視界に綺麗なオレンジ色の光が見えた。 「っ、NEXT…!」 「ざっけんな…!何でこんな所にNEXTが居るんだよ……!」 「…ひぃ!」 良く、覚えては居ない。 飛びかけの意識の中、そんな会話と走り去る足音で男達がその場から居無くなった事が分かる。 「ちょっとアンタ大丈夫…!?しっかりしなさいっ……!」 誰、だろう…… 「酷い怪我…!レディに何てことするのかしら!」 大丈夫、。 そんなに心配しなくてもあと一時間もすれ、ば――――― (Beauty is but a skin deep.) (美しさはほんの皮一重に過ぎない) (ただ、温かくて情熱的な温もりが肌に触れた事だけは覚えている) ---------- 2011,07,15 |