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夜空に星を投げ返す



振り下ろされた拳。
それは誰かを殺す拳で、護る拳では無い。


「バニー!好い加減落ち着けって!冷静になれよ」
「冷静?えぇ僕はちゃんと冷静ですよ貴方の声を聞いて受け答えする程度にはね」
「バッカ…!それの何処が冷静なんだよ!人殺しそうな目して能力だってコントロール出来てねェじゃねぇかッ!」


呼び出しを受けて来てみれば、そこはもう酷い有様。壁はボコボコ柱はひん曲がっており、勿論床にはガラスとコンクリートの破片が散乱し放題。


「ネイサン、これは……」


虎徹の制止も聞かず手当たり次第能力を発動させた状態で当たり散らしている。


「ちょっとね……ハンサムかなり荒れてるみたいでアンタを呼べばどうにかなるかと思ったんだけど、ちょっと無理そうね」


諦めと同情、やる瀬なさを含んだ溜め息。
此処に居るのは大人ばかり。理性で感情を押し殺し、己がやるべき事を事もなげに行う"フリ"に長けた大人ばかり。
虎徹もネイサンも、勿論私も。


「ジュニアッ!好い加減にしなさい」
「っあ、おいレティ…!」


でも、貴方は違うのよね。貴方まだ、純粋で真っ直ぐで傷付き易い。壊れ易い。


「来るな…ッ!!」


青く光る瞳は泣き出しそうな獣の目。真っ赤な拳は血滲む。


「お願い、です…それ以上近付かないで下さい。今の僕ではレティ、貴女の事を傷付けてしまう…!」


それでも歩みを止めない私を虎徹が制するが、そっと手を振り解く。強い眼差しで目配せ。それだけで充分彼には伝わるはずだから。


「レティお前……」
「ちょっとタイガー!レティの事止めなきゃ危ないわよ!?」
「いや……大丈夫、だ」
「でも…!」


虎徹はネイサンの腕を掴みその場に押し止まらせる。


「ジュニア、貴方はその力を私を守る為に使いたいと言った」


一歩、一歩距離を縮め近付いて行く様に固唾を飲む。


「自分で自分を傷付けないで」


あと数歩。荒れ狂うキミの心を抱きしめるまであと数歩。


「いつだって私は貴方の隣りに居るわ」


ビリビリと殺気立つ彼の周りの空気が肌を刺激する。


「うわああぁぁぁぁ……ッ!!」
「レティッ!!」
「ッ―――」


空を切る拳は鋭く、一直線に向かって来る。避けられない。いや、避ける必要は無い。
破壊音と煙り。絶望と希望。
――――パシリ、と破裂音と共に緩む緊張感。


「意地を張らないの」


振り下ろされた拳はレティの真横の壁をぶち抜き、レティの両手はバーナビーの頬を挟む。
青い瞳は緑に戻り乱れた呼吸が肩を揺らす。


「ほら、キスをして」


微笑む口元に恐る恐るキス。
金糸の髪をそっと撫で握り込まれたままの拳を優しく包む。


「………レティ、」
「そんな貴方だから好きなのよ、バーナビー」


息を止め抱きしめる。
目を閉じて息を吐く。
キミより先に居なくなったりするはずが無い。だからキミの為なら私はどんな無茶でも出来るのよ。


「全く…なんて無茶な事するのかしら」



夜空に星を投げ返す



落ち着きを取り戻した後、張り詰めていた緊張が解けたのと能力を酷使した事も相俟ってかバーナビーは仮眠室のソファで寝息を立てている。


「レティお前、あの時使っただろ」
「んー…?」
「レティ」
「避ける訳にはいかなかったのよ。それに虎徹だって分かってたでしょ」


一瞬、ほんの一瞬、シルバーグレイの瞳の色が青く変わった事に気付いたのは多分―――――


「私もちゃんとジュニアのヒーローになれたかしら……」


穏やかな寝顔の頬をそっと指で撫で髪を空く。


「充分、なんじゃねぇか」
「そう…」
「あんま無理すんなよ」
「はいはいお節介」
「お前もな」


薄く色褪せてきた空。
夜が明けたらきっといつも通りの日常が待っている。だから今だけは穏やかに―――――


(Where there is a will, there is a way.)
(意志のあるところに道はある)


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2011,06,14