「なに……こ、れ………」 学校から帰宅。鍵を差し込み、玄関のドアを開ければ違和感に遭遇。何も無い。何も無い、のだ。 玄関に置かれた花瓶。洗面所の固形石鹸、歯ブラシ。家族写真は勿論、書斎の山積みになった本や雑誌、寝室のベッドに化粧品、クローゼットの服に下着、リビングのテーブルやソファ、それこそキッチンの生ゴミまで全部。文字通りこの家にあった物、一切合切全てが綺麗サッパリ無くなっていた。まるで、元々誰も住んで居なかった様に。 「え……どう、いうこ、と…?お母さん?お父さん…っ!」 訳が分からない。何がどうなっているのだろうか。家中のドアというドア、窓という窓を開け放ち庭の茂みから二階の屋根裏まで何か無いかと探すも何も見付からない。 「誰か…!ねぇ……返事して………ッ!」 むしろ探せば探すほど、元々この家には何も無かった様に思えて、最初から私の家族など居なかった様に思えて。 「嘘、………ウ、ソだ……!」 ノイズと靄が見るなと諭す。青い光と悲鳴、そして無音。 唯一、尾を飲み込む蛇の紋章だけが鮮明に焼き付く。 「…………」 辿れば辿る程記憶が、あやふや。 私は何者―――――? 「…………!」 雨が降っている。 暗い、暗い、暗い――――― 「……………っ!」 助けて。助けて………ッ…… 「―――――レティ!!」 「ぁ、――――」 ブロンドの髪。眼鏡越しの緑の瞳。しっかりと掴まれた手と見上げた先にあるのは天井ではなく人の顔。 「バー、ナビー……?」 全身から吹き出た汗。嫌な脈拍の乱れ。あれは……夢? 「凄く魘されてましたよ。何か嫌な夢でも?」 「………あ、…うん、少し、」 両親の突然の失踪。それは二十年近く昔の出来事。当時は新聞にも載ったが、謎の失踪事件と言ってもシュテルンビルト第三層のごく普通の一般家庭の出来事なんてものは、せいぜい三面記事を数日間賑わす程度。 「私何か言ってた…?」 事件のショックから事件以前の記憶が曖昧で、時たま、自分が何者なのかと言う強い強迫観念に襲われる。その副産物がこれ。 「えぇ…"虎徹"、と」 「あ、………」 やっぱり、とバツの悪い顔で目を伏せる。 「勿論変な意味とかじゃないわよ…?」 「分かっていますよ。貴女と彼がそんな関係じゃない事くらい嫌と言うほど、ね」 これは、少し怒っている。釣り目がちな瞳が細められ不機嫌顔。 「貴女は僕の事を知っているのに、僕は貴女の事、何も知らない」 「……バーナビー…」 泣き出しそうな顔。捨てられた仔犬のようなそんな、寂し気な――――― 「大丈夫。大丈夫だから…」 そっと抱き寄せ背中を掻き抱く。この体重の重みが幸せ。 雨降りフライデー 「大丈夫、私は何処にも行かない…もう一人にはさせないから……」 彼に、自分に言い聞かせるよう囁く。 両頬をそっと包み唇を寄せ、誓った言葉に封をする。一瞬離せばねっとりと舐められそのまま熱い舌が口内へ。 (Love is the reward of love.) (思えば思われる) (私もキミも、寂しがりやで臆病者) ---------- 2011,05,27 |