譲れないものがあって。それが何かと聞かれて簡単に答えられるようなものでもなくて。ただの意地っ張りだと言ってしまえばそれまでだけれど、言えないのだ。 けれど私、知っているの。キミが彼に打ち明けるよりもずっと、ずっと前から知っていたのよ。 「ラティーシャ」 「…………」 「ラティーシャ」 「…………………」 「ラティーシャッ!」 「へ…?アニエス?」 「もう、何ボーッとしてるのよ」 デスクに片手を付き険しい顔で覗き込まれて、あらびっくり。 「仕事中。ほら、例の資料集めといてくれた?」 「あ、あぁ…うん、はい、これ」 手渡した資料。言われて集めたものはほんの数枚分。後は元から手元にあったもの。 「仕事中にボーッとするなんて珍しいじゃない」 内容はウロボロスについて。 パラパラと資料をめくる手が停止。走り書き、推察、考察、何の関係も無い様な添付資料にまた走り書き。 「アンタこれ……」 人に見せるつもりは無かった。元々一人でどうにかする問題で、他人を巻き込むつもりは無かったから。 「いつから」 「……………」 「いつからなの」 「―――――っ、ジュニアに会うよりもずっと、前……」 彼女の気迫に根負け。渋々告げる事実とそれ以上は踏み込むなと言う釘。 名前を聞いた時、何か引っ掛かったのを覚えている。聞いたことが有るような、無い様な。気付くまでにそう時間は掛からなかったが、気付いた時にはもう、惹かれていた。 やさぐれていて素直じゃなくて、でも根は優しくて真面目。他人に頼る事が出来なくて、でも本当は助けて欲しくて、でも踏み込まれたくない。そんなジレンマが見え隠れする背中と瞳に抱きしめたい、抱きしめてそのまま絶対に離すもんかって――――― 勿論、自分の事は棚に上げて、だ。つくづく大人ってものは狡い生き物だ。 「何も聞くなって目、してるからこれ以上聞かないけど」 「う、ん…」 「彼には言ったの」 「言ってない」 「はぁ…やっぱり」 私は年齢の分、他人に狡く甘えると言うことが出来る。でも不器用なキミはきっと他人の好意を利用する事は出来ないのだろう。あのお節介なバディくらい押しが強くても中々難しいのだから。 「アンタって変わらないのね。で?あっちの方は知ってるの?」 「う、………」 「ハァ!?アンタあのお節介にも言ってなかったの?アタシなんかより付き合い長いんでしょ!?」 ウロボロス――――― それが一体何なのか、何が目的なのか十年間以上経った今でも分からない。 「アンタねぇ…」 「分かってる…分かってるわよ……でも、」 そっと柔らかい胸に抱きしめられる。 「ごめん、ちょっと言い過ぎた」 ふわり、イランイランのスッとした甘い香り。 「ただ、もっと利用しなさい?私の優しさも彼のお節介も、ね」 「っ…、ありがとうアニエス」 我が儘にすらならない 「あら、ジュニア」 久しぶりの定時退社。エントランスに下りれば珍しいお出迎え。 「どうしたのこんな所に。取材でもあった?」 「いえ、アニエスさんから今日は貴女を定時に帰すからって連絡が」 ほら、帰りますよと右手を捕まれエスコート。 やってくれるじゃないか。全くとんだお節介。 「で、今日はどちらにご帰宅で?」 空かした笑顔は好きじゃない。似ているようで全然違う、冗談混じりの柔らかい笑顔が好き。 「そうね……じゃあ、殺風景な高層マンションの方でお願いするわ」 だってほら、不意を突かれて焦った顔が可愛らしい。 (Two heads are better than one.) (一人より二人、二人より三人) ---------- 2011,05,24 |