「アーニエスちゃーん」 行き着けのジャズバーのカウンターから上がる声。酒が入ると普段より甘えた口調になるのは昔から。仕事の上司兼、大学の同回生のアニエスと仕事仲間兼、中学高校と腐れ縁の虎徹の良い年をした大人三人でカウンター席を占拠。苦笑しつつも遠すぎず近すぎない絶妙な距離感を保つ気の良いマスター。 ちょっと今夜付き合って、とメールを一括送信すれば文句を言いながらも集まってみればこの有様。彼女は酔っ払うと非常に面倒臭い。絡み酒宜しく潰れるまで延々愚痴を聞かされる。 「もう、好い加減にしなさいラティーシャ、退院したばっかりなんだから飲み過ぎよ」 「えーまたまたぁそんな事言ってぇ、ジントニックを水にすり替えたってバレバレなんだからァ」 「こりゃまた完全に出来上がってるな。おいレティ、本当好い加減にしろって」 「うっさいオジサン、そんなんだから楓ちゃんに愛想尽かされるんだよー」 「楓は今関係ねぇだろ、つーか愛想尽かされてねぇし!ったくどうした、何か有ったのか?」 「べつ、に……」 ぷいと横を向き、アニエスの胸元に躊躇い無くもたれかかれば、ベシッと容赦無く酔いの回った頭を叩かれるも、何だかんだで邪険にしないアニエスは優しい。 「もしかしてバニーちゃん、か?」 当たらずとも遠からず。いや、八割方正解だ。 なんでこのオジサンはこう言う勘は鋭いのだろう。溜め息一つ。 「何、またあんた余計な事言ってハンサムの事怒らせたの?」 「違っ……わないかもしれない、し…怒らせたのは事実だけど、そうされるにはされるなりの行動ばかり取るからよ」 ムスッと年甲斐も無く頬が膨らむ。くだらない。実にくだらない。年上が聞いて呆れる。 自覚はあれど、酒の力も合間って如何せん愚痴っぽく感傷的になってしまう。 「別に良いじゃない、真っ先に助けて貰えたんだし。むしろ逆に喜んだらどうなの」 「良くないわよ…ジュニアが態々助けに来なくても、近くにはスカイハイだって居た訳だし、ワイルドタイガーの方がまだ距離が近かった」 「おいおい俺をお前らの痴話喧嘩に巻き込むなよ。ただでさえバニーの奴俺に厳しいんだから」 ぐいっとウィスキーの注がれたグラスを干す。 「私は仕事で現場に居るの!ヒーローとして優先すべきは偶然巻き込まれた一般市民の方が先でしょう?これだからいつまで経ってもジュニアは――――」 「僕がどうかしましたかレティ?それと、両手に花とは良い御身分ですね、オジサン」 振り向けばたった今話題に上っているその人、バーナビー。カツカツと厭味なスマートさ全開で歩み寄り、大きな掌が手首を掴めばヒヤリと奪われる熱。 「ほら、帰りますよ」 「い、や、」 「明日も仕事があるんでしょう」 「遅番だから関係ないわ」 意地を、張っている自覚はある。干支一回り近く離れた年齢差を他の女達と比べて気遅れした事は無い。あんな角砂糖に群がる蟻の様な通り一辺倒な小便臭い餓鬼共に負ける気はしないから。ただ、彼本人に対してはどうしても意地を張ってしまうのだ。 「全く聞き分けて下さい、よ」 「へ……ジュニア、?…っきゃぁぁ!!」 強引に引き寄せられたかと思えば、日々鍛え上げられた逞しい両腕の中にひょいと姫抱きに。これだけは何度されても馴れない。恥ずかしさからほろ酔いで蒸気した頬が更に赤く。 酸欠気味に融解 外気に当たればほてった体温心地好い。下ろしてくれと頼んでも無視される事は経験から必至な訳で、だから仕方なく大人しく両の腕の中に収まったまま。顔を上げれば待っていましたとばかりに熱い、熱いキス。 素直じゃないのはお互い様よね――――― (One should not interfere in lover's quarrels.とはこの事ね) (わん、し、しゅどぅ……え、何だ…?) (夫婦喧嘩は犬も食べないって事よ) ---------- 2011,05,20 |