「安寿さん、ですよね…?」 俺に聞くのも良いが、お袋に聞いた方が良いかもしれねぇ、な――――と、そっと実家の住所の書かれたメモを握らされた。 どうして、と尋ねる前にその方がお前も納得するだろうから、といつもの優しい笑顔で頭をポンポン。 「えぇ、そうですけど。あなたは確か…、」 「はい。虎徹さんにはいつもお世話になってます。それから―――――レティ……、ラティーシャさんにも」 「、あぁそう!やっぱりあなたね!」 人の良さそうな柔和な微笑み。押しの強そうな快活さ。あの二人を育て上げただけの事はある。 孫は今日、友達の家に泊まりに行っているからゆっくりしていって、と促される。 ああ、此処が、あの人達の――――― 「散らかっててごめんなさいね」 「いえ、」 「その辺適当に座っちゃって良いから。あ、飲み物は緑茶……より紅茶の方が良いだろうね」 「あ、はい、お気遣い無く」 最近になって何度か訪れるようになった彼の家と同じ、いやそれ以上に沢山の写真が飾ってある。 大半が娘さんのものだが奥さんとの写真や、彼女の家にも飾られていた四人で写ったもの、それから――――― 「それは確か高校の卒業式の時ね」 僕の知らない思い出の中の写真もちらほらとあった。 「ニルギリですか、?」 「良く分かったわね。さすがバーナビーさん」 「いいえ。レティが良く色々な紅茶を煎れてくれるので、それで」 頂きます、と畳に敷かれた座布団の上に腰を下ろし一口、口に含む。 すっきりとした香りとしっかりと口に残る味。似ている、な。 「そりゃあ、あたしが教えたからねぇ」 口に出していただろうか? 吃驚して一瞬動きが止まる。 「図星かい?確かにあの子が言ってた通りの子だねぇ」 うふふと何故か嬉しそうに笑う彼女に疑問ばかりかり。 「あの子、レティは元気かい?」 「はい、それはもう。こちらが危ないから辞めてくれと言うのも聞かず、誰よりも先に現場に行く位、元気ですよ」 「あはは、いくつになっても無鉄砲と言うか頑固な所は変わらないみたいだねぇ」 ふわりと白く立ち上る湯気。 口に運べば眼鏡のレンズが少し曇る。 「一度言い出したら聞かないし怪我をして入院をしても黙っているし、意地っ張りで可愛いげの無い事ばかり言うわ、そのくせ僕の事に関してはそれはもう、ずけずけと踏み込んで来わストレートに色々言って来るわ……でも、」 口元で組んだ手。 瞳をそっと伏せ。 「甘え下手で寂しがり屋」 「そう、そうなんです―――――」 柔和な目尻の皺。 使い込まれた手の皺。 「僕ばかり甘やかされて叱られて……、助けられている…」 ハニードロップス 「それで……、良いのかい?今日はあの子の事、聞きに来たんだろう……?」 「、そのつもりだったんですが」 注ぎ足される事の無い白い磁器の底。 思い出話や近状報告をしに来た訳では無いのに、それだけで充分自信がついた。 「やっぱり彼女に直接聞く事にします。多分、直ぐには全部話してはくれないだろうけど、」 「"時間はいっぱいあるから"でしょう」 最後まで一枚も二枚も上手な答え。きっとこの人には一生頭が上がらない。 「はい、」 ぱちくりと見開いた瞳を綻ばせ、笑顔に変える。 大切に、誰よりも幸せにしてみせますよ。 「今度は二人でいらっしゃい」 (Haste makes waste.) (急がばまわれ) (良い旦那を見つけたみたいだねぇ、レティ) ---------- 2011,07,20 |