ぬるり、と頬を生暖かい液体が伝った。涙、ではない。鉄錆臭のするどす黒い、血。 私は無力だ。 凄惨たる事故現場では、たった一人の人間の力など無に等しい。それが例え経験を積んだ警察官やレスキュー隊員であったとしても。 煤と火傷で赤黒い伸ばされた手を腕を握り締めたまま呆然と座り込む。この手はもう二度と動くことは無い。助けを求め伸ばされた腕をしっかりと掴む事は出来たのに、救うことが出来なかった。一人を助けている間に十の命が消えてゆく。阿鼻叫喚地獄絵図。あんなに誇らしげに建っていたビルも、一度崩れてしまえばなんて事はないただの瓦礫。所詮、警官一人が助けられる命など高が知れている。 「ヒーロー、か……」 私が憧れて止まない幼少期の思い出。それは懸命に人命救助を行う一人の女性警察官。それを目標にようやく彼女と同じ職に就いたと言うのに、結局私は誰ひとり救えていない。 そんな、自嘲しうなだれた頭に優しい重み。 「呼んだかハニー?」 「え………」 聞き慣れた声。見慣れた白とライトグリーンのヒーロースーツ。それは初めて現場に立った時、同じく初めて出会ったヒーロー。確か当時は青色の虎を彷彿とさせるヒーロースーツだった。 「お前は良く頑張った。こっから先は俺達の出番だぜ」 「ッこて…ワイルド、タイガー…?」 「おう」 「なん、で…ここに」 「助けを求める人がいりゃそこに現れるのがヒーローってもんよ」 ヘルメットの上からでも自信満々な表情をしているのが分かる彼。 「でも……、もうここに生存者は居ない。早く他の現場に――――」 「何言ってやがる。お前が助けを求めてるだろ?」 「私?私は別に怪我も命に関わる様なものはないし一人で歩け………」 「ああ?違ぇよ」 堂々と自信たっぷりに左手の親指を胸に突き立てる。 「お前の此処が助けてくれって言ってんだろうがよ」 逆光に光るヒーロースーツが眩しい。 「もうこれ以上誰も死なせたくない。だけど今、立ち上がるだけの気力がないの、だから助けてワイルドタイガーってな」 自称お得意の裏声でおどけながらも真っ直ぐな言葉に沈みかけた心がゆっくり浮上。 「お前も俺達も市民を守るスーパーヒーローなのは同じだろ?」 あぁ、この人はヒーロースーツを着ていても着ていなくても本当に生粋のヒーローなんだ。こんな状況なのに自然と顔が綻ぶ。 「だったらこんな所でしょぼくれてる場合じゃねぇ。お前の助けを待ってる人が居る限りそこに行くのがヒーローだ」 懸命 ほら、と伸ばされた掌をしっかり掴めば能力を持たない私もハンドレッドパワーが使えるみたいに内側から力が沸き上がった。 (Die hard.) (自分の手の届く範囲、その一所を守り抜く) ---------- 2011,05,18 |