ピロリン 通知:一件未読 沖野 《たすけて》 金城はスマートフォンの画面をスライドしてロックを解除しグループトークアプリを開く。と、同時に再び通知音が続けざまに鳴る。 荒北 《きんじょたすけて》 黒猫がHELPと震える指で書きながら倒れているスタンプと共に助けを求めるメッセージが送られてくる。 一見、ただ事では無いように見えるが実はそれほど切羽詰まったものではない。勿論、当人たちにとっては切羽詰まった事なのだが。 そう言えばここ数日、荒北と沖野の姿を見ていなかったなと金城は思い返す。 今は一月半ば。丁度、年度末考査期間で試験やレポートに学生達はみな追われている時期だ。かくいう金城もそうなのだが、金城がとっている授業のレポートは大半が年明け前が提出のものばかりで、1月はレポート1つ以外はペーパーテストだけだった。 もちろん、試験が楽かと言われればそんな事は全くなく、福富とはまた違った意味でポーカーフェイス気味の顔に疲労の色を覗かせる程度には根詰めていた。 「なんじゃぁアイツら、最近見ないと思ったらまぁた自宅に缶詰めじゃったんか?」 午前中の試験が終わりカフェテリアに移動する波に乗って、いつの間にか隣に待宮おり、ひょいと金城のスマートフォンの画面を覗き込んでいた。 タイミングの良さに少々驚いたが久しぶりに見知った顔に出会え、試験続きで張っていた気が緩む。 「お前の方にも連絡来てるだろう?グループ会話にメッセージ送って来てるんだから」と言えば「求められてるんは真護ママじゃろ」と待宮はエエッと笑う。 「ま、仕方ないからワシも一緒に行っちゃるけどの」 何だかんだ言いつつも、面倒見と友達思いな奴だなと金城はフッと待宮に気付かれないように口端を緩める。 「このあとまだ試験あるか?」 「講義が一つ三限に。だが毎年あの教授の最後の授業は雑談だけらしいから出席だけ取ったらそのままふけるつもりだ」 「ほいじゃあ《金城と14時過ぎくらいにそっち行っちゃるけぇ》っと」 いつの間にか自分のスマートフォンを取り出していた待宮が荒北、沖野、金城、待宮の4人で構成されたグループ会話にメッセージを打っており、再び通知音が鳴る。それに続けて金城も画面上での会話に切り替える。 金城 《取り敢えず飲み物と食材を買って行くから》 《ここ数日ろくなもの食べてないだろ?》 荒北 《あんがとね》 沖野 《きんじょうあいしてるー》 荒北 《おれも》 待宮 《おいワシは無視か!!!栄吉くんもおるよ!》 意外にも荒北達からの返事は早く既読が付いたと同時くらいにメッセージも送られてきた。 待宮の事を敢えて二人でスルーするくらいにはまだ余裕はあるようだ、と待宮には申し訳ないが少し安堵する。 「なんじゃぁ…ワシの事だけ無視しよってあいつら…」 つまらなさそうに口を尖らす待宮に「それだけまだ余裕がある証拠だ」とフォローにならないフォローをする。 「ま、ええ。今日はそんなあいつらをぎゃふんと言わせるもん用意しとるけぇ」 ついさっきまでのいじけた顔は何処へやら。底意地の悪そうな笑みを浮かべながら拳を強く握る待宮を横目にそう言うところが弄りがいがあるのだろうな、と金城は思った。 「んじゃワシはちぃと持ってくる荷物があるけぇ、買い物の方頼むわ。あとで買い物リスト送るけぇ14時半にあいつらん家でどうじゃ」 「あぁ、それで構わない」 「そうと決まればさっさと帰るかの。あ、飲み物はワシが買っとくけぇ!」 言うが早いか待宮はさっさっと校門の方へと歩き出す。 一先ず別れを告げ、金城は三限が始まるまでの残り30分ばかりの間に軽く昼飯でも食べておこうと売店へ向かう。 この大学の売店の焼きそばは中々に美味く、焼きそば好きの金城にとっては毎日食べても飽きないくらいだった。 その後、タイミング良く金城が三限の出席を取り終わった直後に待宮から買い物リストが送られてきたので、大学からの帰り道にある安くて品揃えが豊富なスーパーで買い物を済ませる事が出来た。 腕時計を見れば時間は14時20分。少し早過ぎたかなと思いながら荒北たちのアパートの階段を二階、三階と登って行けば、反対側の階段から登って来た待宮と廊下の端と端で目が合う。 「流石金城!ナイスなタイミングじゃのぅ」 「その箱は何だ?」 「エエッこれか?聞いて驚け!広島の特産品、牡蠣じゃ!丁度昨日、井尾谷から送られてきてな」 「成る程、これは二人も大喜びだな」 「そうじゃろそうじゃろ」 エエエッと至極嬉しいそうに待宮は笑う。 発泡スチロールを両手に抱え、更に腕にペットボトルと缶飲料が入ったスーパーの袋を提げている待宮に代わって金城はインターホンを押す。 ピンポーン ピンポーン しばらく待っても何の応答もないので金城は仕方なく、そして極自然にポケットから合鍵を取り出す。 「なっ、金城合鍵まで持たされとるんか!?オカンか!」 「鍵を開けっ放しも不用心だし、かと言って毎回管理人さんを呼ぶのも申し訳ないからと持たされた」 「もう一緒に住んでしまえ」 そう言った待宮の顔は呆れ返っていた。 金城は苦笑いしながら鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと解錠。ドアを開ければ、ムワッと何日も換気されていない部屋独特の籠った臭いが溢れ出てくる。 「うっわ…酷いのぉ……」 「っ流石にこんなに酷いのは初めてだ」 流石の金城もうっと息を詰まらせ彫りの深い顔によりさらに深く眉間にシワを寄せた。 しかし、玄関先で固まって居ても仕方ないので、靴を脱ぎ薄暗い廊下を歩いてすぐの突き当たりにあるリビングのドアを開ければ、煌々と明かりを放つ電気とは裏腹に、どんよりと廊下より更に淀んだ空気が立ち込める。あちらこちらに散乱した資料とゴミの山はさながら、泥棒でも入ったのではと言う有り様だ。 取り敢えず金城と待宮は荷物をリビングの入り口付近に置き、待宮は発泡スチロールの箱から牡蠣を取り出し冷蔵庫へ入れる。 すると部屋の真ん中に据えられた炬燵らしきものがもぞりと動いた。近寄れば矢張り、と言うべきか家主の二人が下半身を炬燵に食べられた格好で床に突っ伏していた。 「おいおい大丈夫か荒北、しっかりせぇ」 「起きろ沖野」 インターホンを押しても反応が無いと思えば案の定、二人はスマホを片手に左右対象に同じ様な格好で寝ていた。 「あ、れ…?靖友、顔濃くなった?心なしか鼻筋も通ってイケメンに……?」 「沖野しっかりしろ。俺は靖友じゃない、金城だ」 強めに揺り起こせば、寝ぼけているのか徹夜明けで頭が働いていないのか……いやその両方だろう。沖野はとんちんかんな返事を寄越す。 そしてしばらくぼーっと虚ろな目をしていたが、徐々に頭が動き出したのだろう。呂律もはっきりしだし、ほうけた顔も申し訳なさそうな表情へ。 「きんじょ…?きんじょう……金城…あぁ来てくれたんだ。ほんっと毎回申し訳ない」 「何徹だ?」 「あー……連続は3日?途中で2回仮眠したから合計だと7日かな…?」 沖野がヨイショと金城の手を借りて上体を起こしている一方、急に待宮が叫んだ。 「ぎゃー!いってぇ!やめ、ヤメろ荒北!ワシはジャンボから揚げじゃない!ガブガブすな!」 「んだヨから揚げだろ………ん?あれぇ?待宮?」 どうやら夢うつつの荒北を起こそうとして唐揚げと間違われて腕をしこたま噛まれたらしい。 「何してくれとんのじゃワレ!くっきり歯型が付くほど思いっ切し噛みよってからに…!」 「ワリィワリィ」 ボサボサの髪を無造作に掻きむしりながら荒北は大きな欠伸をする。 あまり濃く髭が生える方ではない荒北が無精髭と呼べるほど髭を生やしている姿を見れば、二人とも惨憺たるレポートの量だったであろう事は容易に想像出来た。 「つーかお前らくっさいぞ。頭から浮浪者みたいな臭いがしよる」 イーッと鼻を摘み顔をしかめる待宮。 半分冗談、けれど半分本気なことは何と無く察しは付いた。何せ、仮眠と食事は摂れど風呂やシャワーは生命に直接関わるものではないため、自宅に缶詰になった日から二人とも一回も風呂には入っていなかったからだ。 「失礼な…!って言いたいところだけどその通りだから何も言えない…」 言い返そうにも百歩譲った所で普通に『臭い』ことには変わりない自覚はあり、いつのも売り言葉に買い言葉な応酬も始まらず溜息すら漏らさずにただただ床に突っ伏すのみであった。 「取り敢えずまずは風呂だな。沸かして来るから必要な資料とゴミと分けておいてくれ」 「あとUSBもしっかりしまっとけ?せっかくこがんボロボロになるまで根詰めたんじゃ、無くしたりしたら死んでもしに切れん」 「ま、待宮が優しい……」 「何か拾い食いでもしたんじゃねぇか…?」 「おい!酷い言われようじゃな…!毎回昼夜問わずゴキブリ退治のために駆け付けて来てやってるんは誰じゃ思とるんじゃ!」 換気のため、窓と言う窓を開け放っていた待宮はこれみよがしにベランダの窓、つまり二人から一番近い窓を勢い良く全開にした。 風は強く無いにしろ、一周間ぶりの真冬の外気に曝され荒北と沖野は二人揃って縮み上がる。 「そうなのか?それは初耳だ。ゴキブリくらい俺も退治出来るぞ?」 早く窓を閉めろだ鬼だ何だと抗議の罵倒をやんややんやと二人して待宮に浴びせていると、風呂を洗い終わった金城が戻ってきていた。 「金城にあんな汚いもん始末させられるわきゃねェだろ」 「そうだそうだ」 「おい、どう言う意味じゃ…しまいにゃ泣くぞ!」 徐々にいつもの調子を取り戻しつつある沖野と荒北に何だか少し嬉しそうな待宮を見て、みな大概だなとこの状況を楽しむ自分を含め金城は思うのだった。 そうこうしているうちに風呂の沸き上がりを知らせるメロディーと音声が鳴る。 「オラ!風呂が湧いたぞ!二人まとめてちゃっちゃと垢流して来い」 「へいへい」 「はいはい」 寒い寒いと言いながら炬燵から這い出てくる様は、さながらゾンビのようである。 「返事は一回」 「福チャンみてーなこと言うなよ」 「ははっ、真似してみたんだ」 台所は待宮に任せ、とっちらかった部屋の掃除を始めている金城も悪ノリし始める。 「エエッ今日はこの待宮栄吉が、栄吉特製牡蠣の土手鍋作っちゃるけぇ、ナニもせんでさっさと出てこいよ!」 「ハッ、自分が遠距離恋愛で溜まってるからって八つ当たりは見苦しいぞっ」 「あ"!!??うっさいわ!」 上下スウェット、徹夜明けボサボサボロボロの姿で且つ、寝起きで普段より半トーン下の掠れた声でこれみよがしに語尾にハートでも付きそうなぶりっ子声を作ったせいで沖野は盛大に噎せた。それを見た待宮はそれみた事か!とエエエッと笑う。 「バカやってないでオラ、風呂行くぞ」 「ウッス」 荒北に沖野は首根っこを掴まれるようにしてようやく二人は風呂場へ消えて行った。 三人寄れば文殊の知恵、四人集まりゃバカ騒ぎ 「アーッ!食った食った」 「牡蠣サイコー!広島サイコー!」 「本当、美味かったな」 思い思いの感想を述べる三人を見ながら、待宮は鼻高々と言った様子でせっせと鍋と食器を流しに運ぶ。硬く絞った台布巾でコタツのテーブルを綺麗に拭き上げて行く様子は様になり過ぎており、母ちゃんかヨと荒北に突っ込まれる始末。 「鍋の牡蠣なのにあんなにでかくてぷりっぷりしてるとか反則だろォ」 「味噌味も絶妙だったし」 「何よりシメのうどんが最高だった」 次から次へと感動と称賛の言葉を述べられ、「ヨッ!持ってる男!待宮栄吉!」などと更に囃し立てられれば誰だって鼻高々になる。 「まぁまぁその辺にせぇて。お前ら井尾谷に感謝せぇよ」 待宮は得意げに鼻の下を人差し指でヘヘンッと啜り上げ、旧友の功績もしっかり讃える。 「あー地元に美味しいものとか名産品があるって羨ましい」 「お前んとこ本当なんもねぇもんな」 「ほんとほんと。靖友んとこは中華街あるしハーバーあるし、東堂は天下の温泉地だし…同じ神奈川なのに格差を感じる」 「俺のところも似たようなもんだぞ」 「いや、金城のところは夢の王国があるじゃん」 「もしかして年パス持ちか?」 「まぁ一応…」 少し得意気に眼鏡をクイっとあげる金城。それに対してズルいだ、似合わないのだ言い合うも結局春休み中一度実家に帰省する金城に合わせての千葉行きが決まり、成田山までのライドと金城に夢の国の案内をしてもらう事まで話はあれよあれよと進み、あっと言う間に成田山までのコースを錬る話し合いまで始まってしまう。 折角片付けたばかりの部屋をひっくり返して地図探し出し、今し方まで鍋を囲んでいた炬燵で今度は四人顔を付き合わせて地図と睨めっこ。そしてつい数時間前には、もう暫くお前には触りたくもないと思っていたノートパソコンの電源まで再び入れて、コンビニや自販機、休憩に使えそうな食事処などをつぶさに調べていく。 「取り敢えず詳しいことは明日以降に決めよう」 眼鏡を外し目頭を指で揉みほぐしながら、ノートに行程表作りをしていた金城がそう言う。 時刻はもうすぐ深夜零時。普段ならまだまだこれからと言う時間だが、如何せん、荒北と沖野は徹夜明けだし何よりレポートの提出日は明日。大事をとって早く寝るに越したことは無い。 二人暮らしの家にいつの頃からかベッド以外にも布団が二組。歯ブラシももうワンセット。どれだけ頻繁に集まっているかそれだけで分かる程に四人分用意されたものがこの家には多過ぎる。 炬燵を端に寄せたリビングルームに客用もとい、金城と待宮用の布団を敷きながらそろそろ食費以外に家賃も貰おうか、などと思うのであった。 (どうでも良いことなんだけどさぁ) (あンだよもう電気消して寝るぞ) (井尾谷と京伏の井原ってキャラ被ってるよね) (ッブハッ!) (本っっ当にどうでも良かった!!し、金城は何吹き出しとるんじゃボケ!) (まぁいいや、おやすみー) (ッ………プハッ…ククッ) (おい、金城いつまでツボに入っとるんじゃ…!それに髪型似とるだけで別にキャラ被りはしてないじゃろ!!??) (ッルセーゾ待宮ァ!さっさと寝ろ!) (り、理不尽ンン…!) ---------- 2015,03,21 |