久しぶり、に。別に何か思うところがあっただとか用事があった訳でも捜し人がいる訳でもなく、何と無く。そう、何と無くふと思い出した様に江戸へ来た。今にして思えばそれも含めて逢いたかったんだと思うけれど、自他共に認める素直じゃない私はその時はその事実を認めたくなかったのだろう。 随分と様変わりした江戸の街をブラブラと何とは無しに歩く。勿論宛てはない、が少しだけ期待はしていた。誰かに会えはしないかとほんの少しだけ、でも本当はアイツに逢えるんじゃないかと確信にも似た期待をしていた。いや、期待では無く願望、か…… 「っと、オイテメェちゃんと前見て歩け馬鹿野郎!!」 「あーイテテテ、ベーッわ、まじこれ骨折れたわ」 「オイ無視してんじゃねェぞコラ!大丈夫ッスか兄貴!?」 雑踏の中そんな事を考えていると突然ガヤガヤと辺りが騒がしくなる。大方どこぞの田舎からのお上りさんが当たり屋に絡まれているのだろう。ご愁傷様、と心の中で合掌していると不意に肩を思い切り後ろに引かれた。 「シカト決め込んでんじゃねぇぞゴルァ!」 「―――え…?」 どうやらその不運な田舎からのお上りさんと言うのは自分らしい。まぁ江戸に来たのは数年振りで今日の様に目覚ましく都会化を遂げた江戸を見たのは初めてなのでお上りさんと言うのはあながち間違いでは無い。それにこの江戸の風景を"都会"とするならば私が居た場所は確かに田舎だ。しかし"不運な"と言う点は実際本当に不運なのはこの場合、当たり屋達の方だと言う事実をこの時は絡まれた本人以外誰も知らない。 「おいおい余所見して当たっといた挙げ句怪我させといて謝罪の一つもねェとは良い度胸だなァ?」 「余所見…?誰が?」 「アァン!?ナメとんのかワレ?」 「治療費と慰謝料払ってくれるよなァ兄ちゃん?」 使い古されたカツアゲの常套句を次から次へと飽きもせず良くもまぁ喚き散らす事喚き散らす事。そんな当たり屋基、安いチンピラ共の耳障りな雑音も好い加減聞き飽きた。江戸上京早々、揉め事や厄介事を起こすのも巻き込まれるのも嫌だったが如何せん、気が長い方ではないし口より先、と言うより口と同時に手が出るタイプだと自からのお墨付きがある性格なので仕方ない。 「ギャーギャーギャーギャー煩ェな!喋る二即歩行の猿は天人だけにしてくんねェ?」 盛大な舌打ちと共にとんでもない暴言を吐いた。 「ッな、よっぽどぶっ殺されてェようだな!!」 勿論その一言で見る見る内に頭へと血が上ったチンピラ三人組は勢い良く掴み掛かる。通行人らがあわや不運な田舎出の優男がタコ殴りに合うと思った次の瞬間、地に伏し呻きを上げていたのはチンピラ達の方だった。 「治療費、がどうとか…?」 「い、いえそんな滅相もございません…!」 「骨が折れたとか……?」 「ま、ま、まさかぁ!ほらこの通りピンピンしてまさァ!!」 「そ、なら良いんだけど」 ニッコリ品の良い(黒い)笑みを投げかけて立ち去る、が、数メートル歩いた所で何か思い出したように振り向く。ビクリと体を震わす三人。 「あぁ…大した事じゃないんだけど一応、ね。その怪我はどうしたんだっけ…?」 「「「自分で勝手に転びましたッッ!!!」」」 底冷えする高圧的な物言いに、声を揃えてそう言う他彼らにはなかった。 田舎者と不幸者 「それにしても…、兄ちゃんは無いだろ兄ちゃんは。別に気にしないけど―――」 ぶつぶつと独り言を言いながら"派手目な柄の女物の着物を一枚着流した不運な田舎者"は、朱い髪を揺らしながら再び雑踏の中へ消えていった。 (土方コノヤロー副長、向こうの通りで一悶着あったみたいですぜィ) (おい総悟、それはわざとか?) (何がですか、土方シネ副長) (…………いやもう良い) ---------- 2011,02,15 |