浜辺(+novel)

浜辺(+novel)

「もうひとつの、本当の」


江ノ島を望む海岸沿い、流川は砂浜を走っていた。
遠目でも長身と知れる緋い髪の男が浜へ座り込んで後ろへ手を突き、ぼやーっと晩夏の空を見上げている。
流川は全日本ジュニアの合宿所へ来てからロードワークにこのコースを選んだ。
合宿が終わっても、殆ど毎日浜の近くまで自転車でやってきては同じように走っている。
この浜で花道を見かけたあの時から。
花道の入院している病院のリハビリセンターがこの浜の近くにあるのだという、チームメイトの話を聞いた時から。
―― はっきりした理由付けもできないままに、殆ど、毎日。


最初花道を見かけた時には、思わずジャージを見せつけてやった。流川相手だと特に導火線の短い花道は、読んでいた手紙を手で握りつぶし、面白いように反応したのだ。
その時は手紙より自分を意識させたのが、なんとなくくすぐったい感じだった。そしてちょっぴり嬉しかった。


もう何度も花道を見かけている。
その度ひとこと二言、まともな会話には到底ならないような言葉を交わし、それでもなんとなく流川は満足していた。
けれど今日、近づいてもなんの反応も示さない花道を不審に思い、走る速度を緩める。
どこかぼんやりしている花道は、何を観、何を考えているのか。
流川は背後へ回り込んでその視界を遮るように上から覗き込んだ。


視界を遮られ、花道は一瞬目を見開きそれからふっと目を細めた。
「ナンだよ、キツネ」
すげー汗だな。まだまだ暑ぃのにそんなカッコで走ってっから・・・ジゴージトクだな。
「うるせーどあほー」
これは暑さ対策。それに汗かいた後カラダ冷やさねーように気ィつけてんだ。
幸か不幸か丁度凪の時間帯らしく、そよとも風が吹いてこない。
止まった途端、流川の全身に追い討ちをかけるようにドッと汗が噴き出した。


「ナニ見てる?」
問いながら、荒かった息が次第に整っていくのが分かる。いつもの敵意を含まない花道の眼は不思議に穏やかだ。・・・どこか哀しいほど。
「空・・・かな」
思わず流川も見上げた。
「・・・なんかおもしれーモンでもあんの?」
「や、別に。ただなんとなく・・・俺は未だ『此処』から動けねーのに、空はどんどん変わってくんだな〜・・・なんてよ」
流川はハッとして花道の視線を探る。
4月に出逢ってもう5ヶ月になるのに、二人でまともな会話を交わしたのはこれが初めてかも知れない。
「痛みこそねーけど、まだリハビリ以外の運動はしちゃダメだって言われるしよー。いい加減鈍るっつの」
天才のアイアンボディも磨かなきゃ光らねーって。
呑気な口調で言いながらグッと唇を噛みしめた、その眼に浮かぶ焦燥の色。




「俺は待たねーぞ」
「呑気に空見て呆けてるサルなんぞ置き去りにして」
「手の届かねー高みまで上ってやる」
(だから・・・悔しかったらさっさと治して・・・こんなトコで燻ってねーで・・・追って来いよ・・・桜木)
強張ったように全身に力を入れた花道は、見下ろす流川を睨み返し―― くしゃっと顔を歪めた。
「後で吠え面かくなよこのキツネ。この天才桜木さまへの暴言、絶対ぇ忘れねーからな!」
そう言って笑った口元。目尻にうっすら光る雫。
そして流川の目に写る花道の顔の輪郭がぼんやり滲んだ。


さら、と音を立て流川のジャージの襟が揺れる。
俄かにそよぎ始めた風に誘われるように、流川は黙って走り出した。
しばらくそのままの姿勢で空から海へと視線を戻し、やがて花道はゆっくり立ち上がる。


待ってなんかいなくていい。
必ず追いついて、追い越してみせる。


―― ここが、始まり。




「共鏡」のmirr様から素敵な小説をいただきました!
二人がすごく自然で素敵ですよね!!胸がキュンとしました。
このお話を一緒に載せたくて完成までがんばりましたっ^▽^
自分の絵が挿絵?になるのは初めてで、こんなにも空気感が濃くなるんだ!と感動しました。
会話とか花道がみてる風景とか・・・命与えてもらいました。
小説ってすごい・・mirrさん、ありがとう!

↓mirr様のサイト
共鏡 (※R-15)
花流サイト様です


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