風丸一郎太
「よし!今日はこれまで!」
汗だくの円堂くんが皆にそう告げると、同じく汗だくの皆がすっかり疲れきった顔をしながらベンチに歩み寄ってきた。そんな彼らに秋ちゃんや春奈ちゃん、冬花ちゃんが一人一人に手渡しでタオルやドリンクを配っている。
この仕事は三人も居れば十分。
そう判断した私は一人、さっきまで皆が練習をしていたフィールドへと向かう。片付けられていないボールの回収やボールの空気入れ等もマネージャーの仕事だ。あ、ゴールネット…少しほつれている。後で縫っておかないと。
「ほら、風丸ー。なにモタモタしてるんだよー。」
「オラオラ、男は度胸だろ!」
「なに照れてるんだい?あの子、今一人じゃないか。」
ベンチでは今日も元気に皆が談笑している。おおかたみんなが一郎太の事、いじり倒しているんだろう。
練習でくたくたになっているはずなのにすっかり元気。男の子って怖いなあ
にしてもまーた一郎太をからかってる…かわいそうに一郎太。
サッカー日本代表選手、といっても彼らも健全な男子中学生。
この前は、その…だ、男子中学生らしい会話?をしている所を秋ちゃんと春奈ちゃんにバッチリ聞かれちゃったらしくて、二人にこってり絞られていた。
「女の子も居るんだからそんな話しちゃいけません!」
とか言われてたっけ。
私はその時冬花ちゃんと話していたからその問題の会話は聞いていなかったんだけれども、秋ちゃんや春奈ちゃんの反応を見るかぎり…結構アレな話をしてたんじゃないかなあって想像はつく。それに私が彼らの事を見た時、一郎太すごい恥ずかしそうにしてたし。
みんながそういった話をする度に純情男子代表…一郎太とか、立向居くんとかは顔を真っ赤にして、それをみんなにからかわれている。お前、ウブだなあ!とか、顔赤くしてんなよムッツリ!とか。
幼なじみで家が近所。今までずっと一郎太と一緒に居た私なら分かる。
一郎太は照れ屋さんで根っからの純情男子。…ムッツリなんかじゃ、無い!
「あー…名前?」
そんな事を考えていたらすっかりボールの片付けは終わっていたらしい。
不意に名前を呼ばれたので振り返ってみるとそこには首にタオルをかけた一郎太の姿。あ、これ結構色っぽいかも。
「あ、一郎太じゃん」
「仕事中にごめんな…邪魔したか?」
「ん?いや、全然いいよ?もう終わるとこだったしね」
「そっか、ならいいんだ。…いつも頑張ってるよな、名前」
「そうかな?えへへ、これもマネージャーの仕事だからねっ」
「そっか…」
曖昧な返事をして一郎太はもじもじしながら俯いてしまう。え、これで会話終了なの?
いや、多分違う。一郎太、凄い照れ屋さんだから…私に何か言いたい事あるんだろうけれど…。
このまま黙りっぱなしだと埒があかないし、一郎太に問いだそうと思ったけれどそれより先に一郎太が口を開いた。
「あ、あのな!名前!?」
「えっ!な、なに?」
「あ、えーと…」
またまたモジモジし始める一郎太。もう、しっかりしてよね!中途半端に話止められると気になるじゃん!続き!
「あのっ…お、俺とデートしてくれないか!?」
「え?う、うーんと?」
思わず聞き返す。
だって今この子なんて言った?デートって言ったよ…?
私たち、別に付き合ってたりする訳じゃない。はず、だし。
「風丸の奴ホントに言ったよ…」
「風丸さん、妙に素直ッスからねえ…」
「…お前ら、狙っただろう」
やっぱりあいつらか…。
そうだよね、誰かさんの言うとおり一郎太はホントに変に素直だから。
大方さっきのセリフも誰かに吹き込まれでもしたんだろう。で、一郎太はそれを鵜呑みにしてしまって…
「あ…嫌ならいいんだ、無理しなくても」
「え!いやいやいや、そんなこと無いよ!」
一郎太に言った通り、嫌だとかそんな訳じゃない。むしろ少し嬉しいくらい。
最近は練習が立て込んでいて、中々二人で話す機会が無かったから幼なじみとしては少し寂しかったりもしたし。
せっかくの誘いだし、行こうかな
「で、具体的には何処に行くつもりなの?」
「そうだな…名前は何かあるか?」
「私?うーん…アメリカエリアとか、ちょっと気になるかも。」
「わかった、じゃあ行くか」
アメリカエリアといえば本場のジャンクフードとか沢山の人で賑わっているメインストリートとか…色々と興味深い物が沢山あるって聞いていたから一郎太と行く事ができるのはとても嬉しい。
「名前、これ食うか?」
「これなんか、名前に似合うと思う。」
「こんなのはどうだ?」
今日の一郎太はなんか色々とおかしい。
何かあるごとに私に何か買おうとしたり何か勧めたり…。
これはこれで、いつも通りな気がしないでもないけれど。でもなんか一郎太そわそわしてるし。ほうら、今も。
「一郎太ー?」
名前を呼んでも全く反応しない。まさに上の空。
ぼーっとした表情でスクラップ広場の一角を見つめている。やっぱりいつもと違う。おかしい。
少し大きめな声でもう一度一郎太の名前を呼ぶと、ようやく私の声気づいてくれた。
「あ!ご、ごめん呼んだか?」
「うん。一郎太が私をほったらかして自分の世界に入っちゃうから…どうしたの?」
「え、いや…大丈夫。なんともない。なんともないから!」
「いつもとなんか様子も違うし…ホントにどうしたの?何か私に隠し事、してる?」
そう聞くと一郎太があからさまな反応を見せた。あ、ビンゴなのかな。
一郎太はホントに嘘をつくのが下手くそだね。それだと将来色々と困っちゃうかもよ?
一郎太はさっきからあー、とかうー、とか言ってる。ほらほら、隠さないで早く早く。
しばらくすると観念したのか一郎太が口を開く。
「あー…今日、お前の誕生日だろ?だから名前に何かしてやりたくて…。そしたらあいつらが遊びに誘ってやればいいんじゃないかって言うからさ…」
…なんだろ、凄い嬉しい
例年何らかのプレゼントを贈ってくれる一郎太。それだけでも十分嬉しいって言うのに。
なんだか特別な誕生日。本当に嬉しい。
「ありがと、一郎太」
「いや、うん。いいんだよいつも世話になってるしからな」
「あはは、こんな幼なじみが居て私も幸せ者だなあー。」
優しくて頼もしい。そんな一郎太。
一郎太みたいな人が幼なじみで本当に良かった。
「その話、だけどさ…」
「ん?」
その話?幼なじみの話、だよね…?
「名前の誕生日に言おうって決めてた事があるんだ。」
私の、誕生日に?
真剣な顔をしたら一郎太
笑い話では無いんだなあと思いながら一郎太の言葉を待つ。
「俺、もう名前とは幼なじみって関係で居続けるのは嫌なんだ」
え…?
「名前の誕生日なのに俺がプレゼント貰うみたいだけど…俺にくれないか、名前を。彼氏、として名前の隣に居る権利が欲しい。俺と…俺と、付き合ってください。」
顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら。でも真剣な表情で真っ直ぐのした視線で私の事を見つめてくる一郎太。
なんだろう、もしかしたらもうちょっと悩んだり考えたりした方が良いのかもしれないけれども…気づいたら不思議と言葉は出ていた。
わたしも、すき
幸せそうな顔で笑う一郎太。そんな一郎太を見れただけで私はお腹いっぱいです。
――――――
ジャンクフードとファーストフードってなにが違うんだ
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