フィディオ・アルデナ
「俺が立派になって、ナマエを幸せにできるような男になったら…」
結婚しよう
私やフィディオがまだ十四か十五。未熟で幼かった頃にフィディオが私に言ってくれた言葉だ。
あの頃の私と言えばそんな夢物語のような話をまるごと信じ込んでバカみたいに喜んでいた。
私が笑って、フィディオも笑って
本当に幸せな時間を二人で共有していた。
そう、確かにそこに幸せは存在していた。
だけど今はどうだろうか
あの頃の私たちが思い描いていた夢のような幸せな日々は?
ずっとずっと、一緒に笑っていられると信じていた。むしろフィディオが笑ってくれればそれでよかったんだ。
どこかで見ているかもしれない神様は、そんな私たちを嘲笑うだろうか。馬鹿な奴らだと笑うだろうか。
「神様なんて、居る訳ないじゃないか」
そう言っていたずらっぽく笑う彼の声が聞こえた気がした。
「イタリア代表フィディオ・アルデナ!後半に入ってまたもや追加点だー!」
つけっぱなしにしていたテレビから解説者の声とたくさんの観客の歓声が飛び出してくる。
テレビを見てみるとそこには仲間に囲まれて嬉しそうに笑う彼、フィディオが写っていた。
得意気な表情で観客に向かって投げキッスをしている。
そんな子供らしい振る舞い、ホントに昔から変わってないね
彼は昔から何か凄い事をするたびに得意気な顔で、しかし言葉にはせずに、喜びを顔に表していた。
それだけじゃない。
私はきっと今スタジアムでフィディオの事を応援している何百、何千人の人が知らないであろうフィディオの内面を知っている。
実はとっても意地悪で、ドSで、だけどたまに優しくて…
知ってますか?観客席からフィディオの姿や仕草にすっかり目を奪われてしまっているお姉さんたち。
貴方たちが思い描いている王子様のようなフィディオ、それは偽物だということ。
知ってますか?彼には立派な彼女が居るんですよ?…ナマエという名前の。
そう。私は今や世界中で名の知れたサッカー選手、フィディオ・アルデナのれっきとした彼女だ。
中学生の頃から世界という舞台で数多くの勝利を納め、名を轟かせていたフィディオ。
中学、高校とずっとサッカーを続けていた彼はしばらくしてイタリアのサッカー代表選手に選ばれた。
選ばれて嬉しそうに私に報告しに来た時のフィディオの事。昨日の出来事のように鮮明に思い出せる。
将来はサッカー選手になりたいと語っていたフィディオ。
夢が叶って、バカみたいに喜んでいたっけ。
そんなフィディオを見て、私も自分の事のように喜んでいた。
フィディオとずっと一緒に居られる、フィディオの事を見守り続ける事ができる。
そう信じていた。
「ごめん、今日は先に寝ていていいよ」
「急に収集がかかっちゃって…本当にごめんね」
フィディオの名前が世界に知り渡り、有名になっていくと、その分私とフィディオとの時間は少なくなっていった。
会う事はおろか、メールや電話の回数も減っていき、最後にフィディオを見たのは一週間程前、テレビ越しの対面。
最後に二人きりで直接会ったのはいつだっただろうか。
部屋を見渡してみる。
フィディオと私とで二人きりで住むために借りた部屋。
いつか綺麗で大きな家を建てて、子供を産んで、結婚して…そんな約束もしていたっけ。
初めてここに来た時は二人で住むには少し狭い部屋だなあ、と感じていたはずなのに…一人きりで居るこの空間はいやにだだっ広く思えた。
ぶるり、
キャミソールとショートパンツだけというのはさすがに気温的にアウトだったのだろうか。
春を迎えてしばらく、もうすぐ梅雨の時期だというのになかなか暖かくはならなかった。
思わずここには居ない彼の事を考えてしまう。
寒さにやられて風邪なんかひいていないだろうか。無理のしすぎで体、壊していないだろうか。
こんな家出ていってやろう。
何回も何回も考えた。
フィディオなんかほっぽり出して一人で生きていこうって。
別れてしまえば楽になると分かっているのに出来なかった。
私自身、フィディオが居ないと生きていけないような人だったから。
ずっと傍に居たから今更さよならするなんて、無理だった。繋がりを切るのが恐かった。
たとえ会えなくても話せなくても、それでもフィディオとの繋がりを断ち切りたくなかった。
「アルデナ選手、今回の試合について一言お願いします。」
いつの間にか試合は終わってしまっていた。
テレビの画面には試合が終わり、静まり返ったフィールドにフィディオとテレビのリポーターの姿。
ヒーローインタビューをしているらしい。
「今回の勝利はチームの皆が俺に何回もパスを繋げてくれたから、だから勝てたんだと思います。」
自分の事より仲間の事を評価する。フィディオらしい言葉だと思った。
「しかしアルデナ選手のシュートも素晴らしい物でしたよ」
「ありがとうございます。大切な人への思いが俺を強くしているんです」
「大切な人?」
「はい。俺の…世界で、一番大切な人です。最愛の人です。最近は滅多に会えないし電話も何も出来ないからきっと寂しがっていると思います。強がりだけど人一倍寂しがりやな子だから。…俺は、彼女の事を想えば想うだけ力が湧いてくる。シュートを決める度に彼女の嬉しそうな表情が頭をよぎるんです。彼女は、俺の原動力と言っても過言では無いと思います。」
気づいたら私はボロボロ泣きだしていた。
ナマエ、貴方はとても、とてもとても幸せ者だね?こんな素敵な人に想われて。
フィディオの言葉一つ一つが私の冷えきってしまった心を溶かしていった。
私もフィディオの事、世界で一番大切だよ。
世界で一番大好きだよ。
「…っばか、フィディオの、ばかっ…!」
ばかばかばか、そんなに言うなら会いに来てよ
寂しいよ、会いたいよ、傍に居てほしいよ
目からはひっきりなしに涙が零れ落ちる。今まで耐えてきた分が一気に傾れ込んできたかのような勢いで
そんなとき、いきなり身体が暖かくて大きな物に包まれた。
「誰がバカだって?」
うそ、うそうそ
だってフィディオがこんな所に居る訳が無い。テレビには今もフィディオが…
よくよく見てみるといつもなら右上に表示されているはずの「生放送」という文字が無い。つまりこれは生放送ではない、という訳で…
じゃあ今私の事を、包んで、優しく抱き締めてくれているのは
「フィディ、オ…?」
「なあに?」
「本当に、フィディオなの?本物?嘘じゃないよね?」
「やだなあ…ナマエは彼氏が本物か偽物かのの区別もつかないの?」
本物、だ。
今私の事を抱き締めているのは、私と話しているのは…正真正銘、本物のフィディオ・アルデナだ。
「こら、ナマエ。またそんな格好で…風邪でもひいたらどうするの?」
こうやって怒られるのも、話すのも久しぶりで、涙が止まらない。
そんな私を知ってかさらにフィディオが言葉を重ねる。
「本当は今日も練習が入ってたんだ。だけどちょっと休ませてもらった。」
「だって彼女の誕生日だよ?祝わないでどうしろっていうんだい?」
そうだ
今日は丁度私の誕生日。
当の本人はすっかり忘れてしまっていたというのにフィディオはしっかりと覚えてくれていた。そんな嬉しい事実にまた涙が溢れだす。
「それでね、ナマエにプレゼントがあるんだ」
「ん…?」
そういってフィディオは自分の服のポケットから小さい箱を取り出す。
ちょっと、まさかそれって…
「今まで寂しい思いさせてごめんね。俺もすっごい辛かったし寂しかった。たまにしか会えないなんて嫌だ。ナマエさえ良ければ…俺と結婚してくれないか。結婚して、俺専属のマネージャーとして傍に居てほしい。それならずっと一緒だろ?」
結婚指輪。
フィディオに貰うのをずっと夢見ていた。
まさに今、その夢が叶っている。これ、夢じゃないよね?
「嘘じゃない?」
「うん」
「絶対幸せにしてくれる?」
「当たり前だろ」
「もう、遠くに行かない…?」
「約束するよ」
「だから俺と、結婚してください」
―――――――
ちゃっかり自分の誕生日も祝います
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[mokuji]
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