成神



12時35分
退屈で意味不明な英語の授業に終わりを告げるチャイムが響き渡った。四限目の終了だ。
私たち生徒に向けて無駄に大きな声で過去分詞の使い方について口うるさく説いていたおっさん教師もチャイムを聞いてしぶしぶと授業を締めた。

号令が終わると同時に勢いよく伸びをする。
英語が元々嫌いだというのもあるけれども、あのおっさん教師の教え方は分かりにくいし煩いだけだからちっとも勉強にならない。もうちょっとまともな教え方は出来ないのかな。


「名前せんぱーい」


私を呼ぶ声。
この呼び名で私を呼ぶ人物は一人しか居ないという事は分かっているのだけれども、一応姿を見るために声が聞こえた方を見る。
そこにはやっぱり後輩の成神が居た。


「成神じゃん」

「どーも、センパイさっき英語だったんでしょ?なんで来なかったんですかぁー?」

「たまには出ないと居残り、とかさせられそうでしょ?」

「あー…あのセンコーならやりかねないッスね。あ、昼飯一緒しません?」

成神の誘いに二つ返事で了承し、教室を出た。



ギィ、と嫌な音を立てながら屋上の扉が開く。
案の定人が一人も居ない屋上。ここの鍵を持っている人物はこの学校に数える程しか居ない。成神はその一人だ。どうして鍵を持っているのかは謎、というか教えてくれないのだけれども。


「ふぃー…到着ー。」

成神が間延びした声を上げながらコンクリートの床に座り込む。私もそれにならって成神の隣に座った。


「あっ、センパイのご飯今日はなんです?」

「いつものあんま変わらないよ、エビフライとかアスパラ炒めとか…はいはい、わけてあげるから」


成神があんまりにも物欲しそうな目で私を見つめてくるからついつい甘く当たってしまった。こいつは甘く接するとすぐ付け上がってくるから困り物だ。
仕方なく成神に弁当箱を差し出すと成神はわー!とか言いながら弁当箱に飛び付いた。
恐ろしい程のスピードで私の弁当を平らげていく。…おいおい、私が食べる分は残るのか…?

私が言いたいことが分かったのか…成神は弁当を食べる手をいったん止めて床に放り投げてあったコンビニ袋をひっつかんで、私に突き付けてきた。
コンビニ袋を受け取って、中身を覗いた。
中にはパンやらお菓子やら…学校に来る前に買ってきたと思われる食料がぎっしりと詰め込まれていた。
袋を開けたまま硬直していると、口をむぐむぐさせながら成神が話し掛けてきた。


「それ、食べていいッスよ。俺はこれで十分なんで」

そういって成神は弁当箱を指差す。いやいやいや、これ全部食べちゃったら間違いなく太るでしょーが。てかそれ私の弁当だからね

「こんなに食べられないっての」

「そっすか?俺はそれくらい余裕ですけどねー。」


そんな事をほざきやがった成神が憎く思えて成神のお腹をつねってみる。く、無駄な肉ついてない…!

わ!なんすかセンパイ!とか言ってる成神は無視してコンビニ袋から菓子パンを取り出し、かじりつく。


「なんだかんだで食べてるじゃないっすか」

「うるさい。てか、全部食べれる訳ないでしょ」

「えー?俺はいけるッスけどねー。」

「アンタね…私と成神じゃ胃の内容量が違うでしょーが」


憎らしい程すらっとした成神の身体を睨み付けながら言うとのんびりとした口調で成神が返してくる。


「まあ俺はサッカーやってますからねぇー。だからって、食べてくれないんすか?」

どこまでも憎らしい奴

「あのねえ…アンタ私が太ったら責任とってくれんの?」

「ははっ、その時は俺が責任とってセンパイの事嫁に貰いますよ」

「…はあ!?」


普通に聞き流せばいいであろうジョークなのに
不覚にも動揺してしまい、思わずその動揺を言葉にしてしまう。
違う、違う違う。断じて、私が成神を意識しているとかいう訳ではない。断じて。

成神は目に見えて動転している私を見てにやりといやらしく笑いながら話し掛けてきた。


「あれぇー?もしかしてセンパイ照れてるんですかー?」

「ばっ、ばかじゃないの!?そんな訳…っ」

「でもセンパイ、顔赤いですよ?あは、かーわい」

「ア、アンタのせいでしょーが!」


いやに顔が熱い。
おかしい。
普段の私なら軽くいなせるだろうはずの言葉を真に受けてしまうだなんて。相手が成神だから?いや、そんなはずはない。それじゃあまるで私が成神のこと、

…それ以上先の事は考えたくもない。
だからまるっきり別の話をしてしまおう。うん、それがいい。
コンビニ袋からちらりとコンビニスイーツ…基ショートケーキが見えたのでその話を振ってみる。


「アンタいっつもこんなの買ってるの?ケーキとかさ」

「んぐっ?」


食べてる途中だったらしく成神が間の抜けた返事をする。あ、ちょっとかわいいかも…じゃなくて!しっかりしろ私!


「ケーキ。いっつもケーキなんか買ってるの?」

「え?いやいや、違いますよー。俺そんなにケーキとか食べないですし」

「は?じゃあなんで」


「だって今日センパイの誕生日じゃないですかぁー、わざわざ買ってきたんすよ?俺偉いー。」


何を言ってるんだこいつは。
誕生日?誰の?…わたし、の
こいつは、成神は私の誕生日が今日だと知って買ってきたっていうのか。私の、ために。

…別に嬉しいとかそんな訳ではない。
ただ…ただ、ちょっとビックリしただけ。そう驚いただけだ。
すっかり押し黙ってしまった私にさらに成神が話し掛けてきた。


「あ、センパイもしかしてケーキだけじゃ足りないんですか?」

「は?いや、ちが」


慌てて反論しようとするが開いた口に何かが触れる感触。
唇に当たっていたのは成神の人差し指、黙れという事だろうか。
気づいたら成神との距離もかなり近い。いつも一緒に居るとは言ってもこんなに至近距離に居ることはまず無い。心臓は今にも破裂寸前。

至近距離で成神がいつもの笑みを浮かべる。にやり、と。


「じゃあ我が儘な名前センパイには俺のプレゼント」


成神との距離はゼロ。
唇には人差し指とは違う暖かくて柔らかい感触。
今までずっと守り通してきたファーストキスを奪われた瞬間だ。




「ハッピーバースデー、名前センパイ」





――――――

誰だコイツ成神じゃないだろ。
遅れてごめんなさい
ぽりん様に限りお持ち帰りフリー

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