不動明王




「今日学校終わったら俺に付き合え」


クラスメイトの不動くんにそう言われたのは今日の朝の事。
いつも通りの時間に起きていつも通り支度をして、いつも通りに登校して…。
どうせ今日もなんでもないようないつも通りの一日が過ぎていくんだろうなあ、とか思っていた矢先に起こった出来事。
玄関の下駄箱の近くに不動くんが居たというあたりから私のいつも通り、からかけ離れた一日は始まっていた。


確かにおかしいとは思っていた。
いつもなら遅刻ギリギリ、もしくは遅刻して学校に登校してきて席に座った途端机に突っ伏して寝てしまうような不動くんが予鈴が鳴る前に学校に来て、しかも寝ないで、下駄箱の前になんか居るんだから。

…とかいう不動にとっても失礼なことを考えていた時、不動くんとばっちり目があってしまう。
凄く目を反らしたいのに、なんでか不動くんから目を反らす事が出来ずに立ち尽くしていると、ずんずんと不動くんが私の方にまっすぐ歩み寄ってきて…歩み寄って、きて…。



「…ふうん?それで?」

「それで?…じゃないでしょ!大問題だようう…」


お昼休み。
私は数少ない女友達の忍ちゃんとお昼ご飯を食べていた。
私が今日の朝に起こったあの大事件について忍ちゃんに必死に訴えても忍ちゃんといったら聞いてるのか聞いていないのかよく分からない表情で購買で買ったと思われるメロンパンをもむもむと頬張るだけ。
私の話なんかホントにどうでもいいらしい。
ううう…私にとってはかなり大事な問題なのに…!


「あ、そっか」

「、え?」

「アンタ、不動が好きなんだっけ?あははっ!そうゆうこと!」

「っひえ!?しししし忍ちゃん!周りに聞こえちゃうから!声抑えて!」

「いや、アンタのがうるさいし。てか、いい加減座ったら?」


忍ちゃんに言われて気づく。
どうやら私は驚きのあまり席から立ち上がってしまっていたようだ。
クラスの人達の視線がちくちくと私の身体を突き刺す。
とりあえず視線が半端なく痛いから忍ちゃんの忠告を受けて座る事にした。


忍ちゃんの言うとおり、確かに私は不動くんの事が好き、だ。
ある日突然帝国学園にやってきた不動くん。
教室で始めて出会った時はなんとも思っていなかったのだけれども、普段の様子や立ち振舞い。そして学校の帰り道に偶然目にした不動くんがサッカーをしている姿…。

色々な不動くんを見て、知る度にどんどん想いは強くなっていった。

もっと不動くんの事を知りたい。
もっと不動くんの事を近くで見ていたい。

心の中ではそう思っていても、なかなか言葉や行動には表せなかった。
内気で、人見知りで、人一倍臆病な私の性格が邪魔して、私は出会ってからまだ一度も不動くんと会話したことが無かった。

だからこそ今日の朝、不動くんに話し掛けられた時はとてもとてもビックリした。
どうして私なんかに話し掛けてきたのか、どうして私を呼び出したのか…。
確かにビックリもしたけれど、それと同時に少しだけ嬉しかったりもした。

不動くんと今まで何の関わりも無かった私が不動くんと放課後を過ごせるんだから。
にしても、どうして不動くんは私を呼び出したんだろう。
…パシリ?不動くんならあり得る。
面倒な事は他人に任せて自分は何もやらない。不動くんらしい考え。
だとしたらやっぱり私を呼び出したのは先生に何か頼まれて、それを私に手伝わせるつもりか、はたまたその頼まれ事をまるごと押しつけるつもりか…。

もし不動くんが私を呼び出した理由がそんな理由だったとしても、やっぱり私は嬉しい。
少なくとも多少は不動くんと話すことが出来る訳だし。



「ちょっとアンタ、聞いてんの?」

忍ちゃんの声でハッと我に返る。

「あ、う!ごめ、聞いてなかった…!」


そう返すと忍ちゃんはチッと舌打ちをし、私の弁当箱に手を…あああ!


「わ、私の玉子焼きいいいい!」

「ん…へえ、これアンタが焼いたの?」

「へ?あ、うん私が…じゃなくて!わ、ちょっと!唐揚げ!最後に食べる予定だったのに!てか箸使いなよ!」

ぼーっとしていたのが悪かったのか…忍ちゃんが私の弁当箱のおかずを次々と平らげていく。箸も使わずに。
そんな下品な動作も忍ちゃんがすると艶やかで美しい物に見えてしまう。神様って、どうしてそんなに不公平なの!?


「ふうん…アンタ料理は、出来るんだ?」

「料理はって…そんなに美味しかった?」

「普通。まあ、これなら不動の奴も喜ぶんじゃない?」

「え?なんで不動くんが?」

「は?アンタ告るんじゃないの?」

「えええええ!?」








「忍ちゃんは簡単に言うけどさあ…」


あれからあっという間に時間は過ぎて、放課後になった。
教室に不動くんの姿は無い。どうやらまだ来て居ないらしい。
あの後忍ちゃんは私にこう言った


「どうせアンタと不動が二人きりになれるチャンスなんて今日しか無いんだから。今日言わなかったらいつ言うのよ」


確かに、確かにそうかもしれないけども!
私みたいな奴が不動くんと話すことが出来る機会なんて今日くらいしか無いだろうし、今日言わなかったらきっと私と不動くんが結ばれる日は永遠に来ないだろう。だからこそ、言うべきなんだろうけど…


「そんなの、無理だようううう!」

「あ?」



…あ?


私じゃない誰かの声。
人が居る…?
恐る恐る後ろに体を向けた。


「…人の事化け物に向けるような目で見るんじゃねえよ」


そこには見慣れた姿。
不動くんがドアに寄りかかって立っていた。
いつから、いつから居たの…!?
後ろに視線を向けたまま硬直してしまった私を見かねたのか不動くんが話し掛けてきた。


「気付くのおっせぇ」

や、やっぱりさっきから居たんだ!

「あ、うう…ごめんなさい考え事してて!」


そう返すと不動くんはチッと舌打ちを…あれ、この動作なんか忍ちゃんに似ているかも。
雰囲気もなんとなく忍ちゃんに似ている、かも…?
そう思うとなんとなく気持ちに余裕が出来てきた。そうだよ、忍ちゃんだと思えばいいんだ!目の前に居るのは不動くんじゃなくて…不動くんじゃなくて…


「あの!忍ちゃん!」

「あァ!?」

「ま、間違えたああああ!」


しくったあああああ!
忍ちゃん忍ちゃんって意識し過ぎたのか不動くんの事を忍ちゃん呼ばわりしてしまった、らしい
お、怒られる…絶対怒られる…!
泣きそうになりながらも不動くんを見る。

…不動くんは、笑っていた。


「ハハッ…俺は忍ちゃんじゃねえよ、名前ちゃん?」

「うう…あ、あれ?」

いま、不動くん…?

「んだよ?」

「あの、今私の名前…」


私の名前、呼んだ?

そう聞くと不動くんはしまった、というような顔をしてから勢いよく私から目を反らした。
さっき明らかに不動くんは私の名前を、呼んだ。名前ちゃんって。
な、ななななんで私の名前を…?

一人で軽くパニック状態に陥っていると取り繕ったかのように不動くんが早口でまくしたててきた。


「偶然クラス名簿で見て覚えたんだよ!いちいち気にすんじゃねえよ!」

「あ、う…ご、ごめんなさい」


気を悪くさせてしまっただろうか。
急いで不動くんに謝ると不動くんは少し慌てた様子で言葉を返してきた。


「っ別に怒ってねえよ」

「ほ、ほんとに…?」

「怒ってねえって言ってんだろ」


不動くんの言葉を聞いてほっとため息をつく。
怒っていたらどうしようかと思っていたので本当に安心して、少し力が抜けてしまう。

あ、そうだ
時間もだいぶ遅くなってきたし、そろそろ不動くんに要件を聞かないと…早くしないと日が落ちてしまう


「あの、不動くん」

「あ?」

「えっと…どうして私を呼んだの?」

「…っ!」


そう問い掛けると不動くんはぐっと押し黙ってしまった。あ、あれ?何か聞いちゃいけない事を聞いちゃったかな…?


「あの、不動く、…っ!?」


とりあえずこの沈黙を打破しようと不動くんに話し掛けようとした途端強い力で右腕が引かれた。
そしてそのまま引きずられるように教室から飛び出した。

手を、握られている。もちろん相手は、不動くん
不動くんが私の右手を掴んだまま廊下を走りだした。から、私も慌てて走りだす。


「不動くん…っ!?」

「うっせ、黙ってついてこい!」



あのまま引きずられ続け、気づいたら校舎を出ていたらしい。
薄暗い通学路を浅い呼吸を繰り返しながらよたよたと歩く。
手は繋がったまま。といっても不動くんが一方的に握っているだけなのだけれども。
教室からここまで走ってきて体力的に限界に近い私とは違い不動くんは全く息が乱れていなくて、不動くんと私の違いを実感した。


「ふ、どうくん…っ」

「あ?んだよ」

「私に、なにか…っ用があるんだよね…?」


荒い息を吐きながら言葉をなんとか紡ぐ。
不動くんは私の言葉を聞いてぴたり、と歩みを止めた。
また、沈黙が訪れる。
どうしたものかと一人おろおろしていると不動くんがゆっくりと話しだした


「お前…今日、誕生日なんだろ」

「うん?そ、そうだけども…?」

なんで?なんで私の誕生日…?

「チッ…祝ってやるって言ってんだよ!」

「え、ふ、不動くん…!?」


不動くん、が?
私の誕生日を…?
名前といい、誕生日といい、どうして…?

善からぬ期待を抱いてしまいそう。
不動くんは私の事を好きかもしれない、とかいうあり得ない希望。
無いよね、そんな都合のいい話があるわけない。

でもその期待を拭う事が出来なかった私は勇気を持って不動くんに問いかけてみた。


「不動、くん」

「…ん」

「どうして…?」

緊張しているからか上手く言葉が出てこない。
だけど不動くんは私が何を言いたいのか分かったのか言葉を返してくる。



「…好きな奴の誕生日祝っちゃ駄目なのかよ」



――――――――

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