∴ 朱に隠れた君の顔 キッチンいっぱいに広がるチョコの甘い香り。板チョコを刻んでいると、キッチンに人が入ってくる音がした。 「古市まだかよ。」 珍しく背中に魔王を乗せていない男鹿がこちらに近付いて、手元を覗き込んできた。 「まだだっつの。つーか、そんなに早く出来るわけねーだろ。」 時計を見れば、作り出してからまだ数分程度しか経っていない。 「早くしろよ。」 「お菓子作りはちゃんと計って丁寧に作らないと、成功しないんだぞー。少しくらい時間かかるのは我慢しろ。」 溶かしたチョコレートに生クリームを入れていたら、肩が重たくなった。右頬に硬い毛が当たるのを感じた。 「おい、邪魔だぞ。」 「んー。」 チョコを刻み終えたので、生クリームを温めようとしたが、男鹿の頭が肩に乗っていて、やりづらい。 なんとか鍋を火にかけ、鍋の中に生クリームを入れる。沸騰する前に、チョコを入れて混ぜる。チョコが完全に溶けたところで、バットに流し込もうとしたが、今だに男鹿の頭が肩に乗っている。 「男鹿、邪魔だ。退け。」 「やだ。」 男鹿はそう言うと、額を肩にぐりぐりと押し付けてきた。 「駄々っ子かって。べる坊からも、何か言ってやってくれよ。」 男鹿が額を肩に押し付けてくるので、背中にいるべる坊がちょうど見える位置にいた。 「ダッ。」 俺がそう言ったら、べる坊は男鹿の頭を叩いた。そうしてやっと男鹿は頭を離した。が、今度は腕が腰に回っていた。 「…おい。作業出来ないから離せ。」 「やだ。」 「これ流し込んで冷やしたら終わるから、一旦離せ。」 「やだ。」 「…お前は何がしたいんだ。」 チョコを作れと言ったり、かと思えばチョコ作りの邪魔をしてくるし。呆れて言えば、腰に回されている腕の力が強くなった。 「…なんか、」 「ん?」 「新婚さんみてーだな、って思ったんだよ…。」 「…は?」 男鹿の言ったことが理解出来ず、肩越しに振り仰げば、男鹿は耳まで真っ赤にしていた。 「は、早くそれ作れよ!」 さっきまでは何を言っても離れなかった男鹿が、今度は簡単に離れた。 「あ!男鹿!」 居間に戻ろうとした男鹿の腕を掴む。まだ顔は赤いままだ。 「…んだよ。」 俺から視線を外している、男鹿の胸倉を掴み引き寄せる。 男鹿の唇に俺のそれを付ける。 手を離し、男鹿から離れる。 男鹿は何が起こったのか、分かっていないような顔をしていた。「居間で待ってろ。」 顔に熱が集中するのが分かる。多分、さっきの男鹿と同じくらい赤くなっているんじゃないだろうか。 「…おう。」 キッチンから男鹿が出るのを見届けてから、作業に戻る。と言っても、後はバットに流し込んで冷やすだけだ。早く戻って、久しぶりに二人でまったりするのもいいかもしれない。 もちろん、べる坊はちゃんと寝かしつけて。 少しだけ先の未来に思いを馳せる。それだけで胸がいっぱいになりそうだ。 (ほんとうにてまのかかるおやだなぁ) (しかたないから、ねたふりをしていようか) (なんたっておれはまおうだからね) ――――― フライングならぬ、乗り遅れバレンタインです← 何とも微妙な感じですが、古市がキッチンに立って料理をしていたら、すごく萌えるんじゃないかなぁ、と← それを男鹿さんが待ち切れなくて、キッチンに入ってきちゃったり。新婚ぽいな、と。 最後はべる坊の気持ちです。息子も気使うよね!← |