それすらも
机上に置かれた一通の手紙と一輪の赤い薔薇。
鍵の掛かっている引き出しを開けると、その中には大量の同じ封筒の手紙と枯れかけの薔薇が入っていた。机に置かれた二つをそこに入れ、鍵を掛けた。
俺こと古市貴之は、現在ストーカーにあっている。
始まりは三ヶ月前。
「ん、なんだこれ。」
ポストを開けると、真っ白な封筒と真っ赤な薔薇が入っていた。『古市貴之様へ』とだけ書かれた手紙に、もしかして女の子から?!とうきうきしながら、家に入り自室に戻ってから手紙を開けてみると、ただ一言『愛してます』とだけ書かれていた。
「…悪戯か。」
女の子からじゃなかった…。とがっかりしたが、それだけで特に気にも留めなかった。
次の日。
「…今日も入ってる。」
昨日と同じ封筒に赤い薔薇。そして『愛してます』とだけ書かれた便箋。
「誰かに恨まれるようなことしたかな…。」
新手の悪戯かと思ったが、自分がそんなことをされる理由が思いつかなかった。
さらにその次の日。
「…またか。」
こう連日ともなると、正直面倒臭い。薔薇って高くなかったっけ?など関係ないことを考えてしまう。
毎日のように続く悪戯に辟易していた時、悪戯に変化が起きた。
ポストを見るのが日課となったある日、手紙がいつもより少しだけ厚くなっていた。
「…?」
開けてみると、そこには自宅で着替えている俺や男鹿と話している時の写真、さらには男鹿の部屋でキスをしている写真まであった。ご丁寧に、男鹿は目をマジックで消されている。手を震わせながら便箋を見ると、いつもと内容が違っていた。
『俺の方が愛しているのに』
その言葉に、背筋が凍った。
悪戯じゃない。これはストーカーだ。
そんなことがあってから三ヶ月、誰にも相談をせずに過ごしてきた。家族には心配を掛けたくないし、男鹿には言ったところで笑われるのが関の山。それに誰が、男がストーカーにあっていると聞いて信じるというのか。
なるべく一人にならないようにすることと、出歩かないようにすることに気をつけて過ごしている。そのため、学校帰りに男鹿家へ寄ることが減った。寄ったとしても、暗くなる前に帰ってくるから、一緒にいられる時間はぐんと減ってしまった。寂しいとは思うが、遅くに帰るのは怖いし、理由は言えない。
そうは言っても、完璧に一人にならないなんてことはなく、学校で一人になることも帰りに一人になることも間々あった。
その日も、男鹿が委員長の仕事とやらの理由で邦枝に呼び止められ、一人で帰ることになった。
手紙や薔薇は届くが、自身に何も起こらなかったから気が緩んでいたのだろう。
人通りが少ない近道を抜けようとした。
瞬間。
口に何かが当てられ、考える暇もなく意識は底へ落ちていった。
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