夢心地アンダンテ


「別れようぜ。」

「…は?」

顔の筋肉を一つも動かさずに、目の前の男は言った。
その言葉と表情の意味が理解出来ず―否、理解したくなくて―、ほうけた顔をすれば、そいつは同じ言葉を繰り返した。

「別れようぜ。」

「いや、聞こえてるから…。な、んで…?」

男同士という確実に世間からは受け入れられない関係で、それでも絶対に裏切らないし裏切られないと思って、そう信じて今までやってきた。それをこいつはあっさりと打ち砕いてくれた。

「なんでもなにも、やっぱおかしいだろ。男同士なんて。」

その言葉に思考が止まる。

おかしい?
そんなのは百も承知だ。それでも今まで、付き合ってただろうが。好きなんて、不確かな感情だけを頼りにやってきたのに。

「それと…。」

「…なに。」

「俺、邦枝と付き合うことにしたから。」

泣き崩れそうになったが、涙を目の奥に閉じ込めて、がくがく震える膝を叱咤して必死に立っていた。
俺は、そんな俺を守るために喋り出す。

「…は。まぁ、そうだよな。おかしいよな、つーか今更かよ。そんなん分かってただろ。」

笑おうと顔を動かそうとするが、上手く動かない。変な顔をしている気がする。それでも泣くことだけは出来ないのだ。
終わりの分かっていた恋の終わりが来たくらいで、泣くなんて出来ないのだ。

「俺もそろそろ潮時だと思ったんだ。お前も別れようと思ってたなら良かった。」

思ってもいない言葉が口から出るが、止まらない。止めることが出来ない。

「やっぱ女子だよな!お前もやっと女子の魅力に気付いたか!」

必死に口を動かす俺を、感情のない目で男鹿は見ていた。

「あぁ、じゃぁな。」

くるりと背を向けて男鹿は歩き出した。
その背中に縋ることも、手を伸ばすことも出来ずに、そこで俺の意識は途切れた。





「っていう夢を見た。」

「はぁ?」

いつものように、登校途中で男鹿を拾っていき、駅へ向かう。その時に、今日見た夢の話をしてみた。

「夢なんだけどさ、すんごいリアリティあって起きたらめっちゃ汗掻いてた。」

一瞬、夢か現実か分かんなかったわ。
そう言ったら男鹿は眉間に皺を寄せた。

「俺がそんなこと言うわけないだろ。つーか、夢でもそんなの見るな。」

こちらを見ることなく告げた男鹿が手を取り、指を絡ませてきた。

「おい、人いる。」

小さく注意すると、さらに強く手を握られた。

「俺は何があってもお前を裏切らないし、裏切らせる気もない。お前が別れるなんて言ったって別れてやらねーからな、アホ市。」

男鹿の顔はみるみる真っ赤になって、耳まで赤くしていた。
強く握られた手が少し痛かったけれど、その痛みすら嬉しくて、握り返してやった。

「こっちの台詞だ、馬鹿男鹿。」





―――――

あゆみさん、お待たせして大変申し訳ありません。
男鹿→←←古に見せ掛けた男鹿→→←古の予定です。←
古市はいつかこんな日が来てもおかしくないと思ってて、男鹿は夢でもそんなこと考えてるのが許せない。そんな感じです。
リクエストありがとうございました!書き直し等、いつでも受け付けています!


 

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