吐息は消えてなくなった


はぁ、と溜め息をつくと吐いた息は白く変わり、そのまま世界へ溶け込んでいった。

男鹿のいない帰り道、なんてことは珍しくない。喧嘩してくると言った男鹿を俺が置いていくこともあるし、先生に用があるからと言って男鹿を先に帰らせることもあった。
ただ、今日はそのどちらとも違う。俺が勝手に、男鹿を、置いてきたのだ。放課後になって男鹿に帰るぞ。と言おうとして男鹿を見たら、邦枝先輩と楽しそうに話す男鹿がいたのだ。そこに神崎先輩や姫川先輩まで交じって、みんなで楽しげに話をしていた。
それを見たら、いてもたってもいられなくなって、男鹿に気づかれないように教室を出た。





高校生になってから、男鹿の世界は驚くほど広がった―、正確に言えば、べる坊やヒルダさんが来てから、だが―。
男鹿にはずっと友達がいなかった。いたとしても、小学生の入学当初、くらいのものだろう。少なくとも俺の記憶の中にいる男鹿に、俺以外の友人がいたことはなかった。一時期三木も一緒にいたが、男鹿は三木にも心を許していなかった気がする。男鹿が気を許しているのは俺だけだ。と自負していた。
高校生になる直前、学校が変わって会えなくなるようになったら、きっと俺達の腐れ縁も終わるだろう。と思っていた。ところが、実際高校生になってみれば、学校は一緒で、不良しかいないこんな学校で俺一人では生きていけるわけもなく、結局二人でいる。
そんな俺達に転機が訪れた。魔王の赤ちゃんの登場だ。べる坊が来てから、男鹿には友人、というよりも知り合いが増えた。小中学生の知り合いなんて、会ったところで男鹿には話し掛けてこない。
ところが高校で知り合った人達は、平気で話し掛けてくる、ツッコミも入れる、時には喧嘩もする、そんな人達ばっかりだ。男鹿の魅力に気づいてくれる人もいた。だから思ったのだ。

俺は男鹿から離れなくてはいけない、男鹿が俺への感情を履き違えたまま、大人になってはいけない、と。

前から考えていることだった。
俺達は一緒に居すぎじゃないか。ヒルダさんや邦枝先輩がいるのに、男鹿と付き合っていていいのか。
そんな時に見た光景。多分男鹿と俺を離すために、神様が与えてくれたチャンスなんだと思った。悪魔がいるんだ、神様を信じたっていいだろう?

頬を伝う水も、目の前が真っ暗になりそうな感覚も、俺の存在も、吐きだした息のように音もなく消えてなくなればいいのに―





気付いたら、男鹿との分かれ道に来ていた。いつもなら二人で男鹿の家に向かうのだが、今日は一人で自宅へと戻る。些細なことで男鹿がいないことを感じる。そんな自分に、自嘲気味に笑っていたら

「古市!」

聞き慣れすぎた声が聞こえた。後ろを振り向くと、背中に真っ裸で緑の髪をした赤ん坊を背負ったボサボサの黒髪が息を切らして走ってきた。

「男鹿…。」

近付いてきた男鹿は俺の横までくると、当たり前のように隣に並んで歩きだした。

「なに勝手に帰ってんだよ。今日は新しいゲームやるっつっただろ?」

「え、あ…ごめ、ん。」

「…なんかあったのか?」

俺の顔を伺う様に見てきたので、慌てて目を逸らす。

「何もないよ。」

「うそつけ。」

男鹿の右手が、俺の頬に沿えられる。

「泣いた跡ついてる。…どうした?」

どうして男鹿はこんなに優しいんだろう。どうして男鹿は俺と付き合ってるんだろう。俺はこんなにダメな奴なのに。
そのことにまた胸が痛んで、涙が出てきた。

「何で泣くんだよ?!」

男鹿が焦ったように手を離したが、離れないようにその手を掴んだ。冷えた手から伝わる温度が温かかった。

「ごめん、大丈夫だから…。」

すると掴んでいた手が引っ張られて、そのまま男鹿に抱きしめられた。

「お前は色々、難しく考えすぎなんだよ。何でも一人で抱え込まないで、頼れよ。…恋人、だろ…。」

男鹿からそんな単語が出てくるとは思わず、笑ってしまった。

「笑うなよ!」

男鹿は耳まで真っ赤にしていた。男鹿のこんな顔を見ることが出来るやつなんて、俺だけじゃないだろうか。そのことに気分が浮上する。

「はは、悪い。…ありがとな。」

「…どういたしまして。」

ふて腐れたようにそっぽを向いてしまった。そんな子供っぽい仕種も可愛いと思って、また少し笑みが零れる。
男鹿の言動だけで、落ち込んだり嬉しくなったり、俺って簡単だなぁ。

「じゃあ帰ろうぜ。ゲーム、するんだろ?」

先程よりは幾分マシになったので、そう言って笑いかければ、男鹿は少し心配そうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「おー。」

二人で一緒に歩きだす。



多分高校を卒業したら、それぞれの道を歩むだろう。
その時には、多分男鹿も自分の感情も分かるようになるはずだ。
だからそれまで。
それまでは、隣にいることを許してください。





―――――

ナルさん、お待たせして大変申し訳ありません。
そして無駄に長いです…。長すぎてすみません。
古市に考えこませると長くなりますね、智将で恥将なので思考回路がめんどくさ((
書き直しはいつでも受け付けています!


 

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