10
「おせーよ、アホ市。」
見慣れた黒髪が出てきた。
「男鹿…?」
驚いて固まっていると、男鹿が近づいてきた。
「おせーんだよ。古市の分際で俺様を待たせやがって。」
「え、待ってたのか?」
男鹿が教室を出てから、すでに一時間は経っていた。今日は用事があるから先に帰ってろ。と言ったはずなのだが。
「昨日約束したじゃねぇか。」
男鹿はそれが当たり前とでも言うようだった。
「さっさと帰るぞ。靴、履き変えろよ。」
言われてから、まだ靴を出していなかったことに気がついた。
「あ、あぁ悪い。」
急いで上履きをしまって、靴を出した。男鹿の隣に並んで歩く。
男鹿と一緒に帰るのは、久しぶりだ。
外に出ると風が吹いてきて、さらに寒かった。吐き出した息が白い。
横にいる男鹿の顔を見ると、少し鼻が赤くなっている。
すでにコートにマフラーに完全武装している俺とは反対に、男鹿はマフラーすらしていなかった。冷え症の俺からしてみれば、ありえない格好だ。
「寒くないのか?」
「そうでもねぇよ。」
他愛もないことを喋る。
少し顔を上げると、見える男鹿の顔に嬉しくなる。
今だけは、男鹿を一人占めしても許されるのだろうか―
prev / next