09
「俺、夏目さんと付き合うことになった。」
「…は？」
思った通り、男鹿は驚いた顔をしていた。そりゃそうだ、男同士で付き合うなんてどう考えてもアブノーマルだ。
「夏目って、あのロン毛のやつか？」
「うん。」
「なんで？」
「なんでって…告白されたから？」
そんなんで男と付き合うなんておかしいよな。
「ふーん。まぁ古市がいいんなら、いいんじゃねぇの？良かったな。」
予想外の返答だった。男鹿のことだから、気持ち悪いと言うか馬鹿にするかの、どちらかだと思っていた。祝福されるとは思わなかった―し、祝福されたいとも思わなかった―。
「…うん。」
「で、どうだった？」
放課後、夏目先輩と二人で教室にいた。
「変化なしです。あ、でも夏目先輩と付き合うって言ったら、普通におめでとうって言ってきましたよ。」
「そっかぁ。さすが」
うーん、じゃあどうしようか。と言って悩んでいるような顔をしている―が、実際悩んでいるかは分からない。夏目先輩は自分の感情を表に出さないのが上手いから―。
「あの…。」
「ん？」
「昨日も聞きましたけど、どうして協力してくれるんですか。夏目先輩って、俺のこと好き、なんですよね？」
「だから昨日も言ったじゃん。古市君が男鹿ちゃんにフラれて傷ついたところに、付け入るためだって。」
―昨日の放課後。
「俺じゃダメ？」
いつもは感情の読み取れない顔をしている夏目先輩だが、その時は真剣な表情で、本気で言ってるんだと思った。
「…夏目先輩の気持ちは嬉しいですし、夏目先輩のことは嫌いじゃないです。でも、男鹿がいいんです。男鹿じゃなきゃ嫌なんです。俺には男鹿しか」
「ストップ。そんなに打ちのめさないでよ。」
苦笑しながら夏目先輩が言った。
「…すいません。」
謝る俺に再び苦笑して、いつもの飄々とした顔に戻って
「そんなに好きなら、一回告白しちゃえばいいじゃん。」
とか言いやがった。
「無理ですから。それ出来たらとっくに言ってますから。」
「俺も協力するし。」
「え、協力してくれるんですか？」
この人、俺のことが好きって言ってなかったっけ？俺の聞き間違い？
「うん。それでフラれて傷ついた古市君に付け入るから。」
「そういうことですか…。」
―これが昨日の話。
そして今。
「じゃあ今日はこれで。また明日考えようね〜。」
そう言って夏目先輩は、手を振りながら教室を出て行った。
「また明日。」
俺は礼を返しながら言った。
夏目先輩が帰った後、荷物をまとめて教室を出た。
今日は男鹿と帰る予定だったけど、夏目先輩と話し合うことになったから男鹿は先に帰した。多分今は彼女といるんだろう、そこまで考えて胸が痛んだ。俺はどこまで男鹿が好きなんだろう。
取り留めのないことを考えているうちに、下駄箱まで来ていた。玄関が近づくにつれ、気温も下がる。下駄箱なんて外とあまり変わらない程だ。寒くて嫌になる。
はぁ、と一つ溜め息をついて、自分の靴を取り出そうとした時
「おせーよ、アホ市。」
玄関から、見慣れた黒髪が出てきた。
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