星が降る夜
「見事に晴れたなぁ…。」
窓を開けて空を見上げると、降ってきそうなほどの星空が見えた。
七月七日、七夕。
彦星と織り姫が一年に一度だけ、会うことを許された日。きっと空の上では、再会を喜んでいるのだろう。
全国で二人の再会が喜ばれている中で、こんな行事なんて無くなればいいのに、と願っている俺はおかしいのかもしれない。
赤ん坊のいる男鹿家では、なにか行事がある度にそれを行っている。去年まではやっていなかったのに、だ。それも仕方のないことなのだろうけれど。
今朝もいつものように遊びに行った。しかし、男鹿家ではすでに笹や短冊を準備したり忙しそうだった。家に行った時点では寝ていた男鹿も、遅れた朝食を食べ終えるとすぐに準備に駆り出された。
何もすることのなかった俺は、男鹿の部屋に戻って漫画を読んでいた。階下から聞こえる笑い声から、意識を反らすために。
男鹿家の面々が昼食を取っている間に、こっそり帰ってきた。自宅に帰っても、家族は全員出払っていたので、一人で部屋にいた。かと言って何もすることがなく、漫画を読んだり寝転んでぼーっとしたりしていた。気づけば家族はいつの間にか帰ってきており、夕飯の時間だと呼ばれた。夕飯を食べ終え、風呂に入り、現在。一人で天の川を見上げている。
こんな星空を、あいつは今、家族とべる坊とヒルダさんと見ているのだろうか。
そんな考えを振り払うように頭を振った。別に変なことじゃない。べる坊はヒルダさんとの間に産まれた男鹿の子供だと思われているのだから、そんな中にただの幼なじみでしかない男が入っている方がおかしいのだ。本当は俺が男鹿の恋人だとしても。
突然、机に置いておいた携帯が震えた。急いで開くと、たった今まで考えていた人物からの電話だった。
いつも通りに振る舞えるように、深呼吸をして通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『何勝手に帰ってんだよ。』
電話越しに聞こえてくる声は、不機嫌そのものだった。
「だってすることなかったし、男鹿忙しそうだったし。」
『夕飯だって、お前の分まで作っちまったんだぞ!』
それを聞いて、呆れて脱力した。そのままベッドに倒れ込む。
「なんで俺がいる前提なんだよ。」
『去年までいたじゃねぇか。』
「去年は去年だ!今年はヒルダさん達もいるだろ。」
『とりあえずさっさと来い。』
「はぁ?!お前今何時だと思ってんだよ!」
時計を見れば、長い針が十二を指す少し手前だった。
『うるせー。さっさと出て来ねぇと七夕終わるだろ。』
「は?!」
その台詞を聞いて、窓に駆け寄った。外を見れば、電話の相手がこちらを見ていた。
「おせぇぞ、古市。」
「いきなり来るお前が悪いんだろ。」
外に出ると、男鹿と男鹿の背中で眠っているべる坊がいた。
「あーあ、べる坊だって寝ちまってるじゃねぇか。」
赤ん坊のフワフワと柔らかい髪の毛を撫でる。と、手首を捕られた。そのまま腕を引かれ、気づけば男鹿の胸にもたれ掛かっていた。
「おい!ここどこだと思って…!」
こんな時間に、起きて外に出ようとする人はあまりいないだろうけど、誰かに見られては困る。そう思い、離れようとぐいと胸板を押すが、自分程度の力では男鹿はびくともしなかった。
「なに拗ねてんだよ。」
耳元で言われて肩が跳ねた。
「別に拗ねてなんか…。」
「お前の考えてることなんて、簡単に分かんだよ。いつもは何もしなくたって部屋にいるのに、今日は何にも言わねぇで帰っただろ。」
言われて咄嗟に言葉が出なかった。これでは肯定しているも同然ではないか。何か言わなくては、と考えている間に、男鹿が再び話し始めた。
「お前のことだから、またごちゃごちゃと色々考えてんだろうけど、古市が考えてることなんて、大体たいしたことねぇんだよ。悩むほどのもんじゃねぇ。お前は堂々と俺の隣にいればいいんだよ。」
子供をあやす様に肩を叩きながら言われて、目の奥が熱くなる。
「男とか女とか関係なくて、俺は、古市が古市だから好きなんだ。だからお前は他人に何と言われようと、お前が何と思おうと、俺の隣はお前以外ありえねぇ。」
男鹿の言葉が、固まっていた心を優しく解きほぐしていく。心臓が握り潰されるように痛い。男鹿の背中に腕を回して、肩に顔を押し付けるようにして言った。
「っ、馬鹿じゃねぇの…!こんな、可愛くも柔らかくもない男選んで、後悔しても…知らねぇからな…!」
「するわけねぇだろ。」
ぎゅうぎゅうと抱き潰されそうなくらい強く抱きしめられて、やり返すように背中に回した腕に力を込める。
望まれていない恋だけど、これを恋だと勘違いしているうちは、傍にいさせて下さい。
―――――
七夕に更新するはずが、気付いたら七夕が過ぎていました。そして七夕があんまり関係ないという。
古市は男鹿に何と言われようと、男鹿の古市に対する気持ちは勘違いだと思ってると思います。信じる、信じないってことじゃなくて、本能じゃないけどそういう考え方みたいな。そんな古市が大好きです。